ネコス まとめ2





美人マスター
「みなさまこんにちは。
 ここはブログ「五千円です」に掲載したTS短編小説「ネコス」シリーズの22〜40までをまとめて置いてあります
 ゆるゆるでぐだぐだで適当な雰囲気でよろしければ、是非ともご来店ください」


1〜21までの登場人物 マスター:喫茶店「ネコス」を経営する自称美人マスター      とってもお気楽でいつもニコニコと微笑む元男      考えていることを口に出す癖がある。雑食性癖 青葉(あおば):マスターの妹。【ネコス・ブルーデステニー】参照        男を嫌悪する猫恐怖症な元ブラコンの百合娘        現在は女体化した青田と交際中。雑食性癖 青田(あおた):青葉の彼女。「ネコス」のウエイトレス        元ブラコンの青葉が惚れたマスターの魅力を学び取るためネコスでバイトをする        バイト中は女体化し「アオ」と名乗る。とても内気で間違った方向性の努力家 紫(ゆかり):元記憶喪失の女。【ネコス・記憶喪失の少年(?)編】参照       マスターも認める超美女。ただし記憶喪失編の影響で口調は乱暴な男性風       「ネコス」常連客の赤井に恋をし、振られ、それでも諦めていない 赤井(あかい):「ネコス」の常連客。マスターを男でも女でも愛すると公言する気取った男        マスターからは「ウザ客」呼ばわりされ、名前すら覚えられていない 黄吉(ききち):マスターが用意する「ネコス」の残飯を目当てにやってくるオスのノラ猫        コーヒーで猫耳美少女になり、2ちゃんねる用語を活用する        また、殺害されても殺害した人物に憑依し、翌日には生き返っている不思議な猫 ネコス・ライバル店登場 編(22〜31)
ネコス・登場人物おさらい編(32〜35)
ネコス・ホワイトデー  編(36〜40)


ネコス22 〜ライバル登場  みなさまこんにちは。  バイトTS娘を二人も手に入れることが出来て幸せ絶頂の「ネコス」の美人マスターです。  なぜかバイト採用の度にフラグがパキパキ折れる音を聴いている気がしますが、おそらくそれは幻聴でしょう。  バイトが二人もいることですし、これからはどんどん稼がねばなりません。じゃないと、バイト代も満足に出せませんから。  正直な話、バイトは一人だけで十分だったのですが、アオちゃんは美少女ですからねー。  美人マスターに美女ウエイトレスと来れば、次は美少女枠を入れたくなるのは当然の欲求です。  美少女ウエイトレス……実に、いい響きです。アオちゃんにはそのうち「ネコスへようこそ!」という決まり文句言ってもらいましょう。きっと、ガッツリはまるはずです。 「……それにしても、今日は遅いですねー」  アオちゃんは学生なので午前の出勤はできません。  しかしフリーターのユカリちゃんは週五日勤務のフルタイムです。そして今日は休みではありません。  勤務日はいつも三十分前に来ているのですが、今日はまだ姿を見せません。  おかげで開店時間からずっと私は一人です。お客さんもいまだに入りません。 「マスター独りぼっちです。寂しいです」  グラス磨きにも飽きました。誰か、ネコスにご来店してください。  ──カラン──  タイムリーです。ご都合主義とも言うかもしれませんが、この寂しさを紛らわせられるのならそんなこと気にしません。 「いらっしゃいませー」  来客鈴を鳴らしたのは、ゲームに出てきそうな、見事な赤髪の男でした。  バンドの方でしょうか。エレキギターでも背負っていれば一発でキャラが立ったのですが、残念ながら見た目に赤毛以外の特徴はありません。 「ふん、なんだこの店は」 「あ、初めてのご来店ですか? 「ネコス」はあなたの変身願望を叶える喫茶──」 「お前、いま何時だか知っているか? それとも、あそこの時計は飾りか」  ……なんなんでしょう、このお客さん。もしかして、ケンカ売っているんですか? 「えーと、もうすぐお昼ですねー」 「なんだ、わかっているじゃないか。そう。飲食店にとってもっとも忙しく、もっとも稼げる時間帯だ」 「…………」  ま、そこから先は言われないでもわかります。  さっきも言ったとおり「ネコス」は現在、全ての席が空いています。  いつもなら二、三人ぐらいお客さんもいるのですが、どうやら今日は人に恵まれない日のようです。 「目の前に喫茶店があるから、どんなものかと思ったが……ふん。これなら、気にする必要もなかったな」 「あははー、どういう意味ですか?」 「こんな店、すぐに潰れるって意味だ」  はい、確定です。ケンカ売られました。もちろん買います。  とりあえず有無を言わせず熱々のブレンドを口に放りこんでやりましょう。 「なんだ、その目は。客に文句があるのか?」 「お店の空気を積極的に悪くするバカヤロウは、お客さんとは認めていませんのでー」 「なるほど。流行らないはずだ」  切れていいですよね? ね?  ブレンド飲ませて、ネコスの地下で飼ってもいいタイプのお客さんですよね、コイツ。あ、でも地下室作っていませんでした。 「まあ、一応挨拶しておく。向かいに越してきた、カフェ『オレンジ』の者だ」 「……は?」  彼の言葉は、私の怒りを吹き消すほどの威力がありました。  向かいに、引っ越してきた? そういえば、春先に悩まされていたお向かいの騒音が最近静かになっています。  窓の外を見れば、おしゃれっぽい書体で『orange』と書かれた看板が目に入りました。  店の入り口には、『近日オープン』というのぼりもあります。 「まさか、ライバルの登場ですか!?」 「ライバル? ふん、それは力が拮抗している二人に使う言葉だ。私の「オレンジ」ととこの店とじゃ、勝負はやる前から見えているよ」  まだ開店さえしていないお店の癖に、なんでこんなに自信満々なんでしょう。  まさか、ネコスに負けるとも劣らないTS効果のあるメニューが!? 「ひょ、憑依効果は、ありますか?」  もしそんな効果のあるドリンクをこの無頼漢が作れるのでしたら、私はためらわず弟子入りします! 小さなプライドなど、捨ててやりますです! 「何を言っているんだお前は。おいしい料理とくつろげる空間。カフェにそれ以上何が提供できる?」  態度はアレですが、この男、立派です! お客様第一のその理念は、私も共感できます! 「くっ……あなたとはもっと、違う出会い方をしたかったですよ」 「なら私は、お前と出会った不幸を呪うよ」  口の悪さはユカリちゃん以上です。態度の冷たさは青葉ちゃん以上です。  そして私のムカつき具合は、なんと不動だったあのウザイ常連客を抜かしての一位です。  男であるというのが、さらにいけません。  せめて私のブレンドで女の子になってくれれば、もう少し違う評価が出来るのに。 「ふふふ、『オレンジ』ですね。覚えておきますよ、みかん野郎」 「ああ、その隙間だらけの脳にでも刻み込んでおけ野良猫。お前の店を潰す店の名前を、な」 「うふふふふふー」 「くくくくく」  私とみかん野郎は、笑顔のまま睨み合います。当然、私の目は笑っていません。  ──カラン──  バッドタイミングです。いまの私は笑顔で接客できる自信がないのに、お客さんのご来店です。 「悪い、ちょっと遅くなった」 「こんにちは……って、黄花!」  お店に来たのは、ユカリちゃんと、小柄な金髪の美少女でした。  金髪少女は目の前の男をオウカと呼び、とてとてと可愛らしい足取りで駆け寄ってきます。 「セキナじゃないですか。いけませんね、このような汚らしいお店に来ては」  どうやら、このみかん男と金髪少女は知り合いみたいです。  というか、なんか言葉遣いががらりと変わってやがります。どういう関係なのでしょう。 「す、すいません。うちの従業員がとんだ失礼を!」  小柄な少女は、私にぺこぺこと何度も頭を下げます。  小さい子にこんな風に謝られたら、怒りを納めないわけには行かないじゃないですか。私、寛容な美人マスターですし。 「し、仕方ありませんね。今日のところは許してやりますです」  というか、危うく聞き逃しましたが、この少女みかん野郎をうちの従業員って言いましたか? 「こいつ、向かいの店のマスターなんだってよ」  何も言っていないのに、ユカリちゃんは私の疑問をするりと解決してくれます。さすが、美女ウエイトレスです。 「声に出しているっつーの」 「あはは、ユカリさんのお話どおり、楽しい方ですね」 「ただのバカ、という評価が適切だと思いますよ、セキナ」 「ああもうっ、いい加減にしろ黄花!」 「ぐがっ!」  金髪少女はみかん野郎のアゴめがけて頭突きを食らわしました。  身長差を活かした、すばらしい頭突きです。ぴょんっと跳ねてのアクションがまたとても可愛いです! 「うう〜……」  頭突き後に自分の頭を抱えているのもポイントが高いです! 従業員は最悪ですがマスターは萌えキャラじゃないですかー。 「うへへー、大丈夫ですかー? セキナさん。頭撫でますかー?」 「マスター。初対面相手にそのだらしない顔はやめろ」 「……近づくな」 「ほえ?」  セキナさんは、うずくまっていた身体をゆっくりと起こし…………なんか、すっげぇ冷たい目で私を見やがります。 「あのー?」 「人間の言葉が理解できないのか野良猫。私に近づくなと言っているんだ。バカが感染る」 「うっわ、マジで口悪いのな、オウカ」  普段から口の悪いユカリちゃんさえ引き気味です。  というか、なんでしょう。この言葉遣いとか、さっきまでセキナと呼ばれていた少女がオウカと呼ばれているこの状況とか。  ……ええまあ、この私がそこまで察しの悪い美人マスターのわけはないんですけど。 「じゃあな、野良猫ども」  そういい、金髪少女はみかん野郎をほったらかしてお店を出て行きました。 「いつつ……あ、ああっ! どこ行く気だ黄花! まだネコスの人たちに謝ってないだろ!」  目を覚ましたみかん野郎が、お店の外の少女を追いかけます。ですが、入り口のところでその足を止めると、くるりと私たちを振り返りました。 「あ、あの、今日は本当にすいませんでした。『オレンジ』店主の赤那。必ずまたお詫びに来ますから!」  そんなことをいいぺこぺこと何度か頭を下げると、セキナと名乗ったみかん野郎はお店を飛び出しました。 「……ユカリちゃん。補完、お願いします」 「見ての通りだけど。あ、遅れたのは、途中で迷子になってたセキナの相手をしててだな」 「そんなことは聞いていませんよぉぉぉーーーーーーっ!」  美人マスターのいる変身喫茶「ネコス」。  お向かいには、マスターとウエイトレスが入れ替わる、カフェ「オレンジ」がもうすぐオープンします。  これは……ますます、頑張らないといけないかもです! でも、お気楽な空気がお店のポリシーです。経営方針は変えません!  変身をしたい方。脳みそをお休みさせたい方。そして、みかんが嫌いな方。  ぜひとも、「 ネ コ ス 」へお越しくださいませ。
ネコス23 〜愛の誓い(ウザイ)  みなさまこんにちは。  変身願望を満たしてくれる素敵な喫茶店「ネコス」の美人マスターです。魔性の女です。 「やあ、マスター。今日も美しいね」  絶世の美女のユカリちゃんを差し置いて私を美しいと言ってのける目腐れ野郎を虜にしてしまうほど、私は魔性です。  みかん野郎の出現で少しはこのウザ客の戯言も気にならなくなるかなーと思ったのですが、あの野郎とは別のベクトルでむかつきます。根は深そうです。  残念ながらこの人とはこれからも仲良くなれそうにありません。  べ、別に、仲良くしたいわけじゃありませんけどね! と、無意味にツンデレを気取ってやります。  ……なんで無意味だとわかっててツンデレ気取ってしまったのでしょうか。まさに魔性です。 「あ、あの。もしかしてこの人、店長の恋人ですか?」 「アオちゃーん。いくら美少女でも、言っちゃいけないことってあるんですよー?」  美人マスターの私を美しいと言っただけでイコール恋人だというアオちゃんの脳みそメカニズムが信じられません。  私の思っている以上に、この子は純真なのかもしれません。おバカだという見方もできます。 「えと……ご、ごめんなさい?」 「疑問系なのが気になりますが、まぁ許してあげます。美人マスターは心が広いのです」 「あ、赤井。注文はどうする?」 「……なぜホール担当のユカリちゃんがカウンターに来ているんですか」  あと、出てきたなら出てきたで「自分で心が広いとか言うな」というツッコミジャブが欲しいです。  内気なアオちゃんではツッコミ役に適さないのですよ。 「うん、『美人マスターの今日のディナー』で。デザートはもちろんマスター。キミだ」 「や、やっぱりお二人は付き合って」 「マスター、ディナー1。デザートにアオちゃん盛り合わせ」 「いいですねぇ、クリームトッピングして食べちゃいますか。私が」 「え、ええっ!?」 「はははっ、賑やかだね」  オーダーした客をほったらかしてミニ漫才を始めた私達に、ウザ客さんはご機嫌な顔を見せます。  本当にいまさらですが、こんな接客態度でいいんでしょうか。相手がウザくても、お客はお客です。  それに、みかん野郎と違ってお店の空気を悪くもしません。先日の赤髪男(中身は金髪少女)の言葉がよみがえります。  『こんな店、すぐに潰れる』。  万が一にもありえませんが、ネコスのお客が向かいのお店に流れてしまうかもしれません。  この常連さんがみかん野郎のところに行くのはいいんですが、常連が一人減ると客が三十人は減るともいいます。 「というわけで、不本意ながらあなたにおべっかを使わなくてはなりません」 「マスター、本音だだ漏れ」 「あ、この男の人は、ただの常連さん……ですね」 「アオは把握が遅すぎるっ」 「はっはっはっ。マスターがいなければ、どんなにおいしい料理だって味気ないさ」 「赤井。いまの台詞は地味ーにショックだな、俺」  突っ込んだり落ち込んだりとなんだか忙しそうなユカリちゃんを横目に私は黙考します。  ライバル登場だからといって、経営方針やお店の雰囲気を変えるつもりは一切ありません。  ですが、ことこのウザ客にいたってはちょっと見直すべき点があるような気がします。  ウザイとはいえ、好意を抱いてくれている相手を邪険にしすぎるのは、あまりよろしくないのではないでしょうか。  普段から客の少ないネコス的に考えても、この男はお得意様。冷たい態度をとり続けた結果逃がしてしまっては、損です。  もうちょっと、優しくしてあげたほうがいいような気がしてきました。 「マスター、それはいけない」 「な、なんですか、いきなり!」 「ふふっ、君の気持ちは全部僕に通じているのさ」 「だだ漏れだからな」  ユカリちゃんが律儀に突っ込んでいますが、常連さんの耳には入っていなさそうです。 「それよりマスター。キミには、いまのままでいてほしい。ありのままのキミの姿こそが、最高に魅力的なんだ」 「んなっ……」  こ、この人は、また恥ずかしげもなくっ! 不本意にも顔が赤くなってしまうじゃありませんか! 「僕はさっきも言ったとおり君のいない店に用はない。だから、態度を変えるなんて悲しい真似はやめてくれ」 「ふ、ふんっ。いい事を聞きましたです。つまり、私が態度を変えればあなたは私を口説かなくなるということですね」 「いや、それはないけど。どんなカタチでも、僕はマスターが好きだよ」 「んぐっ、なんなんですかコンチクショーッ!」  ああああああもう、やっぱりウザイですこのお客さん!  いつもいつも私の心をかき乱してくれやがります!  確かに私は望んで女の子になりましたが、別に男にときめきたかったわけではありません! 「……赤井。お前、デリカシーっつうもんがないのか」 「? 変な事を言うね。僕は紳士的だよ」 「だったら、好きだって言った女の前で別の女を口説くなよ……」 「あのぅ……ボク、皆さんの関係はまだよくわかりませんが」 「うん、なんだい新人さん」 「店長とお客様は、意外とお似合いに見えます」 「(・∀・)…………」 「( ゚д゚ )…………」 「あ、あの?」 「いい子だ。お菓子をあげよう」 「やべぇ。少し泣きそ」 「え? え? え?」  テンパリ中の私をほったらかして、ユカリちゃんアオちゃん、ウザ常連さんは歓談してやがります。  ぽつぽつとお店にいる他のお客さんも、なぜか私達を見てニヤニヤと頬を緩めています。  ……この空気がネコスの味とはいえ。  なぜだか、マスターの私がいたたまれない、そんな営業日でした。 「わ、私は、クールな美人マスターになります!」 「うん、それもまた魅力的だ」 「アオ、お前とはいずれ決着をつけなきゃならねぇみたいだ!」 「ぼ、ボク、何かしましたかっ!?」  ネコスは今日も、賑やかです。
ネコス24 〜三毛猫(♂)の暗躍  みなさまこんばんは。  雨漏り対策は万全の変身喫茶「ネコス」の美人マスターです。水も滴るいい女です。  このところ雨が続いているせいか、お客さんはいつもより少なめのご来店でした。  ……断じて、向かいのお店にお客を取られているわけではありません。 「はー、新しいメニューでも考えましょうかねー」  湯船に顔半分を沈め、ぶくぶくーと泡を湧かせます。  美人マスターこと私はただいま入浴中ですが、この美しい肢体を覗こうとする痴れ者はいまだに現れません。  覗きをするぐらい女の裸に興味を持つ痴れ者ならば、きっと、私のよき理解者になってくれると思っています。女体化にも大いに賛同してくれるでしょう。  私生活は相変わらず独りきりなので、そのまま同居人となってくれればさらに良しです。  そんなわけで、お風呂の窓は常にウエルカム状態です。格子の隙間から思う存分、卑猥な視線を向けやがるがいいです。 「にゃー」 「うい?」  格子の向こうから、卑猥でもなんでもない暗闇に光るお目目が覗いています。  痴れ者ではなく猫さんが来たみたいです。  湯気とコンタクトオフのためボヤケてよく見えませんが、たぶん黄吉でしょう。 「あはー、このエロ猫めー」  猫さんをも虜にしてしまう私こそ、美人マスターの称号にふさわしいと思いませんか。 「にゃー」  黄吉は格子の隙間をするりと抜け、お風呂場に入ってきました。  水が怖くないのでしょうか。まったく、つくづく猫らしからぬ猫さんです。 「にゃにゃにゃにゃ」  黄吉は濡れたバスタイルの上を軽快に進み、半開きのドアを潜り抜け脱衣所へ侵入します。 「って、美人マスターの肢体を無視ですか! 素通りですか!」  美人マスターの沽券にかかわるので、私は急いで湯船からあがります。  この「ネコス」で私が猫さんに無視されて良いわけがありません。 「くおら黄吉ーーーーっ!」 「にゃ?」  すっぽんぽんのまお風呂のドアを開けると、脱衣所には私のブラを口にくわえるエロ猫がいました。  なんでしょう、この、エロ漫画みたいな展開。大体、猫が人間のブラ盗んでどうするというのでしょうか。 「ま、まぁいいです。とっとと返しやがりなさい」 「にゃー」  可愛らしく鳴いては居ますが、この猫さんは私のいうことを聞いてやくれません。  私の下着をくわえたまま、今度はお店の方に逃げやがりました。 「お約束ですねぇっ!」  にゃーじゃねぇっつうんですよこのエロ猫め。  こうしてはいられません。あのブラはお気に入りなのです。  私はバスタオルを身体に巻き、急いでエロ猫を追いかけました。 「黄…………き、ち……」 「あ…………」  お約束過ぎます。  ただ、神様もこんなシーンを用意してくれるのでしたら、もう少し配役というものを考えてほしかったです。  なんで、どうして、私のあられもないバスタオル姿を目撃したのが―――― 「……なんのつもりだ野良猫。私のセキナを寝取るつもりか? エロ漫画みたいに」 「あ、あの、も、申し訳、わけ、わけわけ」  冷酷なまでの眼差しで私を睨みつける金髪少女と、鼻を押さえて真っ赤な顔をする赤髪青年ですかぁーーーッ!  新参のライバル相手じゃ、せっかくのお色気イベントも台無しです! これじゃ何のフラグも立ちません!  せいぜいが金髪少女オウカちゃんの言ったとおり寝取りフラグですが寝取る気ないので実質フラグゼロです! 「あふっ」  赤髪青年セキナさんは、これまたハーレム漫画みたいに顔を真っ赤にして倒れました。  入れ替わり能力があるのに、女性の裸に耐性がないのでしょうか。 「セキナっ。……さっさと着替えこい、野良猫」 「あ、あの、でも、私のブラが」 「さっきの猫が持ってたやつか? 私が捕まえておくから、さっさと失せろ。貧相な身体を見てると吐き気がする」  感謝して良いのかむかついて良いのかわからないロリっ娘の対応です。  だいたい、あなたの方がつるぺたじゃないですか。 「……失せろ。と私は言っているんだよ、野良猫」 「おぉう」  人を殺してきたみたいな目をしやがります。  怖くなったので言う通りにしてあげましょう。いつまでも裸で居るのもなんですし。  ……普段着に着替えてお店に戻ると、状況がさらに悪化していました。 「ねこーねこーねこー」 「にゃにゃにゃにゃにゃーーーーーッ」  さっきまで殺し屋の目をしていた少女が、恍惚な顔をして黄吉に頬ずりしています。  黄吉は何がイヤなのか、前足後ろ足をばたばたしてもがいています。 「……セキナ、野良猫が戻りました。セキナ? ……聞いていませんね」  一方で、ついさっき真っ赤になって倒れた青年は、幸せそうなオウカちゃんから随分距離をとっています。呼びかけても近づこうとはしません。  なんでかわかりませんが、私が着替えている間に二人は入れ替わったみたいです。 「私がやるのか……この私が、野良猫風情に頭を下げなければいけないのか……!」  演劇じみた口調で手を握り締め、セキナさん……いいえ、オウカちゃんは私を睨みつけます。  金髪ロリだったときも迫力がありましたが、男性の身体で睨まれるとまた一味凄みが増します。 「野良猫っ、先日は…………ぐっ!」  なにか葛藤しているようですが、私にその意図は伝わりません。  まともな会話の出来そうなオウカちゃん(セキナさん)は、いまだに黄吉で遊んでいます。  というか、こんな遅くに何をしにきたのでしょう、この二人。 「がーーーーっ! 言わん! 私は絶対に謝らんぞ!」 「な、なななんですかいきなり!」 「セキナ、帰るぞ! というか私は帰る! 猫が近くに居てはかゆくて仕方がない!」 「ねこー、あー、ねこー」  オウカちゃんボディのセキナさんは強引に黄吉から引き離され、ずるずると首根っこを引っつかまれてお店を出て行きました。  ……おもちゃを取り上げられた子供のような反応に、不覚にも萌えました。 「というか、お店、開けっ放しでしたか」  マスター、ミステイクです。てへ。  でも結局、あの二人は何をしに来たのでしょう。  後に残ったのは、私のかすかな疑問と、憔悴した黄吉だけでした。  ――蛇足――  某掲示板、とあるスレにて。  1:名無しさん  いまから女一人の家に忍び込みまつ  安価10よろ  10:名無しさん  下着泥だろjk  11:1  おk ブラ採ってくる  21:1  ちょwおまw寺返り討ちwwwww  テクニシャンパネェwwwwwwwww <(゚ロ゚;)>
ネコス25 〜フラグ立て  みなさまこんにちは。  暑い夏でも笑顔で接客中の変身喫茶「ネコス」の美人マスターです。美人の汗は商品価値があるような気がします。  汗といってもやはり美人の体液ですし、需要はないことはないと思います。  ちょっと手を加えて『美人マスターの姿になれるドリンク』としてメニューに載せるのもありではないでしょうか。 「……くだらねーこと考えている顔だな、マスター」 「私、ビジネスチャンスは無駄にしない主義なのですよ。ユカリちゃん」  なんにせよ、最近は暑くて仕方ありません。まだ夏は始まったばかりだというのになんなのでしょう、この熱気は。 「海にでも行きたいですねー、二泊三日で」 「その旅行計画、当然のように俺が組み込まれている気がするんだが気のせいか?」 「もちろん、アオちゃんも一緒ですよ。せっかくですから、青葉ちゃんも誘いましょうかー」  といっても、あの子たちは学生ですので、夏休みに入るまで海旅行はお預けです。  ああ……白い太陽。輝く砂浜。そして美女と美少女の水着姿!  暑いのは苦手ですが、夏はこれだから嫌いになれません。 「ずいぶん余裕じゃないか、野良猫」  八月の楽園ビジョンに思いをはせていると、その気分をぶち壊す茶々が入りました。  白けてしまいます。妄想タイムを邪魔しないでくださいみかん小娘。 「よう、オウカ。いらっしゃい」 「別に、食事をしにきたわけじゃない。セキナの付き合いだ」  金髪少女は相変わらずのとげとげしい態度で、くい、と店の入り口をアゴでさします。  一瞬遅れて、来客鈴がカランと鳴りました。 「あ、ど、どうも。お邪魔します」  赤髪の青年が、妙に腰の低い態度でお店に入ってきます。  オウカちゃんが中にいるときはキリッとした鬼畜系のお顔なのですが、本物のセキナさんはどうにも頼りない、へタレ系を思わせる好青年な顔つきです。  中身が違うと顔つきまで違うという入れ替わり特有の事象を前にして、私はこっそりほくそ笑みます。ギャップ萌えです。 「でも、二人してウチにきて、店はいいのか?」 「今日は定休日だ、パープル」 「ぱ、パープル……」 「こら黄花。えーと……まず、先日と、それからこの前のお詫びをしにきました。申し訳ありません」  ぺこりと、苦笑いではありますが紳士的な態度で頭を下げられます。  この前、というのは私の裸を見たことでしょうか。……思い出したら顔が熱くなってきました。 「……し、紳士的に振る舞えば許されると思ったら大間違いですよ」 「ええ、ごもっともです。でも、私としてはお向かいで同じ飲食店という縁を大切にしたいと思っています。そこで」  と、わざとらしくセキナさんは一拍おいて、 「お詫びと仲直りの意味を込めて、私どもの海の家で出張営業をしませんか」 「出張、ですか?」 「ええ。こちらで用意した海の家に、「ネコス」と「オレンジ」が共同で店を構えるのです。悪い話ではないと思いますが?」  セキナさんの言うとおり、海の家を今から個人的に用意するには労力とお金がかかります。  ただで海の家を構えられるのでしたら、出張というのも悪くありません。夏の稼ぎはやはり海辺に限ります。  しかし……。 「野良猫が海に近づいて大丈夫なわけないでしょう、セキナ」  このみかん小娘が一緒というのは、ちょっと気に食わないです。  ……いいえ。小娘の一人や二人にモテモテにならず、どうして美人マスターが名乗れましょうか!  オウカちゃんは気に入りませんが、外見は可愛いロリ娘です。いずれ、お姉様…とか言わせるぐらい、仲良くなるのです。 「わかりました。でも、それは八月からでお願いします」  じゃないと、あの二人を連れて行けませんからねー。 「ええ。商売的に考えても、学生の夏休みにあわせて営業するのは当然です」  にっこりと、人のよさそうな笑顔を見せます。  私の周りの男はウザかったりマッドだったりとろくな人種がいなかったおかげで、セキナさんはかなりまともな男に見えます。 「おい野良猫」 「なんですか、みかん娘」  くい、と私のエプロンのすそを引っ張る姿は大変可愛いのですが、その口調は相変わらずケンカを売ってやがります。  なんでここまで嫌われているのでしょう。私、まだ何もしていませんよ? 「セキナが決めたことだから仕方ないが……セキナに手を出してみろ」  本来ならロリロリで可愛いはずであろうソプラノボイスを限界まで低くして、金髪少女がドスをきかせます。 「満潮が迫るか迫らないかのぎりっぎりの砂浜に、顔だけ出して埋めてやる」  えげつねぇです。やはり、オウカちゃんは私の知る誰よりも危険です。 「というか、もしかしてあなた、セキナさんのことが?」 「……くくっ、その程度で私の弱味を握ったと思うなよ? 野良猫」 「いえー思ってはいませんけど」  でも、なんだか安心しました。  口調はすさまじく残念ですが、オウカちゃんは恋する乙女だったのですね。  恋する乙女は、無条件で可愛く思えてきます。好感度があがりました。 「まぁそもそも、私とセキナは婚約しているから弱味ですらないがな」 「( ゚д゚ )」 「こ、こら黄花。そういうのは、あまり人に言うことじゃないだろ」 「いいえセキナ。こういう野良猫には一度はっきりと、セキナは私のものだと宣言してやらなければいけません」 「も、ものって…………ああもう帰るぞ、黄花!」 「わかりました。じゃあな野良猫、パープル」 「で、では、詳しいことはまた!」  セキナさんは顔を赤くさせながら、オウカちゃんを抱きかかえるようにして、お店から去っていきました。 「はー……あれが、本当の恋人達かぁ。…………うん、俺も頑張ろう」  なにやら憧れを抱くように感心しているユカリちゃんの台詞も、私の耳には入りません。  いえ、別に、本当にセキナさんを寝取りたかったとか、そういうワケじゃないんですけど。  なんか、こう、何かに負けてしまった気分です。 「こうなったらユカリちゃん! 私達も夫婦になるしか!」 「何でそうなるんだよ! ウエイトレスに求婚するなバカマスター!」 「ユカリちゃんは今、ファミレスが舞台のエロゲを敵に回しましたですー!」  身近な人間の結婚フラグを聞き、  なぜかテンパリ、ウエイトレスに八つ当たり気味になってしまった、  そんな美人マスター2×歳の夏が、始まります。
ネコス26 〜ツン最強決定戦・ラウンド1  みなさまこんにちは。  学生どもが夏休み入ったと感じる光景にいくらかの懐かしさと苛立ちを抱く変身喫茶「ネコス」の美人マスターです。もうセーラー服を着ることは出来ないオトナの女性です。  いい大人がセーラー服を着たところでそれはコスプレにしかなりませんからねー。 「そうだ。青葉ちゃんから借りましょう。セーラー服美人店長、セーラーマスターの誕生です」  舌の根も乾かぬうちにコスプレ宣言です。  どうせなら夏に備えて、スクール水着も青葉ちゃんから借りてしまうのもありではないでしょうか。  妹のスク水に身を包む元兄の美人マスター……。アリです。  青葉ちゃんの鉄面皮もきっと羞恥に染まるでしょう。残念ながら私の想像力を以ってしてもその光景は想像できませんが。 「青葉さんの水着を着たボク………………ハァハァ」  バイト美少女学生のアオちゃんは、今日もおどおどしつつ、それでいて悶々としています。  そういえば今日はユカリちゃんがお休みなので、この子と二人きりです。珍しいです。  採用したのは良いけど、アオちゃんと私はあまり会話をしていなかったような気がします。ここは、遅ればせながらもアオちゃんの好感度上げに腐心すべき日ではないでしょうか。 「そういえば何か困ったことはありませんか? アオちゃん」 「え、あ、あの……」 「遠慮せずに聞いてください。私のスリーサイズから青葉ちゃんスリーサイズまで、なんでも答えますよー」 「あ……青葉さんので!」  欲望に忠実です。さすが思春期。  ユカリちゃんならば、きっと『スリーサイズしかないのかよ!』って感じで突っ込んでくれたのに、本当にこの子は内気です。 「あはー、このムッツリ美少女めがー」 「ううっ……ぼ、ボクは美少女じゃありません」  パステルブルーのメイド服を着た美少女が何か言ってやがります。  弱気ながらも、あくまで自分は男だと主張するつもりなのでしょうか。  ……うふふ、そうでなくては面白くありません。さあ、もっともっと足掻いて、私を楽しませるがいいです! 「テンプレみたいな悪役っぷりですね、兄さん」 「あ、青葉さんっ。いらっしゃいませ」 「こんにちは青田君。一生女の子で過ごす決心は付きましたか」 「決心も何も、ボクそんなことで悩んだことないよ……」 「悩むまでもなく女の子でいる、と。嬉しいです、付き合いましょう」 「いきなり現れていきなりうちのウエイトレスに交際申し込むんじゃねぇですこの百合娘ーーーーッ!」  うちの妹は、相変わらず神出鬼没です。 「え、えと、こっちこそ、よろしくお願いします」 「アオちゃんもアオちゃんで何、付き合うこと受け入れているんですか! 男の自分に惚れさせるんじゃなかったんですか!」 「ハッ! そ、そうでした……」  あーもう、本当に面倒くさい二人組みです! 「男の青田君に私が惚れる……? うふふ、いいでしょう。さあ、無駄な努力をして、私を楽しませてください」  …………こういうところはホントそっくり姉妹ですねぇ、私達。 「それで、今日はどうしました? お姉ちゃんの料理が恋しくなりましたか」 「ユカリさんから聞きましたよ。とても愛らしい金髪幼女が引っ越してきたと」  片手をカウンターテーブルの上に乗せてキラリと輝かせた瞳で私を見つめてきます。 「あー……みかん小娘のことですか」 「あら、兄さんらしくない反応ですね。金髪でロリなのでしょう? ご馳走じゃないですか。タッパー必須です」 「持ち帰る気満々ですかー」  でも正直、オウカちゃんは青葉ちゃんをも超えるツンドラさんです。っていうかツンギレです。危険です。  さらにセキナさんという婚約者までいるのですから、青葉ちゃんの手に負える小娘ではありません。 「ふふっ、兄さんも衰えましたね。目の前に宝箱があるのにそれを取らないなんて」 「あの小娘は宝箱というよりパンドラボックスですねー」  悪意しか振り撒きません。唯一の希望は、セキナさんに対してのみデレッ娘になるかもしれないところでしょうか。 「臆病者の兄さんはそこで私と金髪幼女とのカラミを見ていれば良いです。青田君、案内してください」 「え、ええ?」  言うが早いか、青葉ちゃんはアオちゃんの手を引いてお店を飛び出しやがりました。  ……ナチュラルにウエイトレス誘拐されました。相変わらずお客さんは少ないので一人でも大丈夫ですけど。 「さてさて、心落ち着く紅茶でも用意しましょうかー」  きっと傷心で戻ってくるだろう青葉ちゃんのため、私は取って置きの紅茶を用意します。私、優しいお姉ちゃん的な美人マスターですから。  ──五分後── 「私も海に行きます」  お店に戻ってくるなり、青葉ちゃんはそう宣言しました。  彼女の右手でつながれているアオちゃんは、さっきからガタガタ震えて誰かに謝っています。 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさいごめんなさい」  そうとう激しく罵詈雑言が飛び交ったのでしょう。いいえ、むしろ南極のような会話の応酬だったのかもしれません。  オウカちゃんはツンギレとはいえヒートアップするタイプではないですし、青葉ちゃんもそれは同じですからねー。 「性欲を解放するのに夏の海は最適です。私は、あの子に女同士の悦びを教えてやるのです」  珍しくご立腹っぽい青葉ちゃんの様子から、どっちの口が達者だったのかは明白です。 「いいですよね、兄さん。海の家に、私も臨時バイトとして参加します」 「え、ええ。まぁ、それは最初から誘おうとは思っていましたけどー」 「……くくっ、あの生意気で凄く怖い黄花様をひざまずかせる、その日が楽しみです」  もう勝敗は見えきっちゃっていますが、私の妹はどうも気付いていないっぽいです。  なにやら最強っぽい立ち位置を獲得しつつあるオウカちゃんにひっそりと恐怖をしながら。  私は、やっぱり笑顔で今日もお客さんをお迎えします。
ネコス27 〜ダチョウ的に考えて  みなさまこんにちは。  もうすぐ海の家にて出張営業予定の変身喫茶「ネコス」の美人マスターです。ワクテカしているせいか私のお肌はいつもよりつやつやです。 「最近キミの美しさにより磨きがかかっているね。やっと僕のことを好きになってくれたのかな?」  女が綺麗になるのが恋をした時としか考えないオメデタイ恋愛脳のウザ客は、今日もいつものカウンターに座りニコニコとしています。 「あははー、あなたを好きになる女の子なんて、残念ながらこの店にはいませんねー。ユカリちゃんもアオちゃんも青葉ちゃんも、みんな私の虜ですから」 「ハーレム王か。さすがマスターは器が大きいね」 「当然です。私、美人マスターですから」  いつものキメ台詞を言い終えると、ちょうど、カランと来客鈴が鳴り小柄な人影がお店に入ってきました。 「いらっしゃ――――って」  やってきたのは、金髪ツインテールのロリッ娘オウカちゃんでした。  また私とお喋りをしにきたのでしょうか。よくよくウチに顔を見せるライバルさんです。  もしかしたら『オレンジ』もヒマなのかもしれません。 「こんにちは。あの、もしよければ少しお時間を頂けませんか。お話があります」 「…………ハッ」  今一瞬、意識が飛んでしまいました。  このトゲと毒と悪意と好意など一切含めない気持ちから繰り出される罵詈雑言がウリの金髪少女が、いま、ありえないぐらい腰の低い態度と口調で私にお願いしてきやがりました。  おそらく中身はオレンジ店主のセキナさんなのでしょうが、横柄な少女とのギャップの違いが派手すぎて冷静に対処できません。 「と、とりあえず、奥の居住区へ行きましょう。都合よくお布団も用意してあります」 「はあ……なぜお布団が用意してあると都合がいいのでしょう」 「万年床か。マスターのそういう人間くささも魅力の一つだということに、マスターは気付いているのかな?」  ウザ客がウッゼェですが無視です。私は今、金髪幼女を部屋に閉じ込める計画を練るのに忙しいのです。 「ところで、その男は誰だい?」 「はい?」  ……超高速で練り上げた脳内計画書が、一瞬で白紙にされてしまいました。  いま、このウザ客さん、なんて言いました? 「え、えと、失礼ですが、どこかでお会いしましたか?」  オウカちゃん(セキナさん)も、びっくりしています。それなのに、ウザ客はやっぱりニコニコしながら言葉を続けました。 「質問しているのは僕だよ。キミは何者だい? 少女の姿でマスターに近づいて、どうするつもりなのかな?」 「これは、その、猫がいたら撫でたかったからで……」  言葉尻をだんだん小さくしながら金髪幼女が頬を染めて俯きがちになります。  しかしウザ客さんはそんないたいけな女の子にもまったく容赦しません。 「マスター、彼は怪しい。もしかしたらキミの美を狙う組織からの刺客かもしれない」  慧眼なのか馬鹿なのかさっぱりわかんねー男です。しかしそんな秘密組織が動いていても不思議ではない私の美貌ですから、その台詞には意外と真実味があります。 「ええっ!? ちょっとまってください。私はただ、海の家での営業期間の日程を伝えに来ただけです」 「海の家……? マスター。彼はこんな甘言で誘い出し、美しいキミを東京湾に沈めるつもりらしい」 「なるほど……人魚になれない私は、憐れ海の底を終の住処としてしまうわけですね」 「ああ、そうに違いない。もっとも、キミの笑顔はすでにローレライを超越しているけどね」 「あははー美しい歌声に誘われてふらふらやってきたんなら、さっさと私に食われるが良いです。もちろん性的な意味で」 「もちろんだとも。男と女で、正しい営みをしようじゃないか」  私は男に抱かれる趣味はねぇっつうんですよウザ客さん。 「あの、もしかしてこちらの方は貴女の……」 「それでセキナさん。日程はどうなりました?」  セキナさんの台詞を途中で強引にやめさせます。  なんだか、絶対に聞きたくない、それでいて最近アオちゃんから言われたような気がする言葉が出てきそうだったので。 「え、ええと、予定はですね」 「僕を無視するな。キミは何者か答えろ」 「安心してくださいご主人。あなたの奥様とは商売の付き合いだけです」 「ちょっ、セキナさん!?」 「(・∀・)…………」  ああああああ、さっきまで険しい目つきをしてセキナさんを見て嫌がったくせに、もうニヤニヤしています!  ホンット、ウザイ! です! 「そうか。君達は海の家で合体営業をするわけか。ふぅん、なるほどね」 「理解早ぇですねぇっ! 来ないでくださいよ? 絶対来ないでくださいよ!?」 「ああ。君の気持ちはちゃんと僕に届いているよ」 「ぜってぇ捻じ曲がっていそうですよねぇ!」  なんだか、せっかくの出張営業も、いつもと同じ面子が集まりいつもどおり能天気に過ごして終わってしまいそうです。  私の、夏の浜辺で過ごすアバンチュールが……。 ――蛇足――  ネコス外。 「なんだか楽しそうですね、店長」 「……なぁ、アオ」 「どうしましたか、ユカリ先輩」 「俺、今日サボる」 「ええっ、ちょっと、ユカリ先輩ーーーー!?」
ネコス28 〜海の家「猫みかん」  みなさまこんにちは。  燃え上がる夏の太陽と白い砂浜の反射光を浴びる浜茶屋「ネコス」の美人マスターです。『海が好き』と書かれたTシャツだろうと見事に着こなせる自信があります。  しかし色物Tシャツで営業するよりも、水着姿で営業した方がきっと売り上げが良いに違いありません。  なにせ、この海の家で給仕するのは美人マスターのこの私に、絶世の美女と美少女がいます。それに臨時バイトのツンドラ青葉ちゃんや、ツンギレ金髪少女のオウカちゃんまでいるのです。  最後の二人が激しく接客業に向かない人材なような気がしてきましたが、見た目美少女ならばどうとでもなるのが世の中です。 「というわけで、みんな揃ってお店の前で「ネコスへようこそっ!」と開店宣言しようじゃありませんかっ」  と、主人公らしく私はお店にいるみんなを振り向きます。 「おいパープル、なんだそのはしたない格好は。あぶない水着で私のセキナを誘惑するつもりか? エロ漫画みたいに」 「なっ、違ッ、これは、対赤井用で……」 「青葉さん、と言うのですか。本日はよろしくお願いします」 「なれなれしく私に話しかけないでください。寒気がします」 「そ、そうですっ、青葉さんは、ボクの彼女なんですからっ!」 「うふふ、それは違いますよ青田君。あなたが、私の彼女なんです」 「…………」  だれも聞いちゃいませんでした。むしろ、はぶられています。  こんなにたくさんの人と一緒に営業できるというのに、心が寒いです。大勢の中で孤独感を味わうことはとても寂しいのでやめてもらえませんか。 「えー、とにかく、料理は私とセキナさんが協力して作るので、ユカリちゃん達は配膳や呼び込みのほうをお願いします」 「待て野良猫。私が、お前とセキナを二人きりにすると思うか?」 「うるせーですみかん小娘。初日ぐらい、まともに働こうじゃありませんか」  そうでなくても、バイトが一人増えたのです。ここで稼がねば、経営難に陥ってしまいます。 「そうだぞ黄花。それに今回の営業には、親睦を深めるという目的もある。少しぐらい、ネコスの言うことを聞いてくれ」 「ッ……わかりました。おいパープル、とブルー」 「色で呼ぶのやめてもらえねぇかなっ」 「ぶ、ブルーって、ボクですか?」 「黙れムラサキ。お前ら二人は、外で客の呼び込みだ。その体を使って男どもを店に誘い込め。少年誌みたいに」 「どうやって!?」 「そ、そんなこと……恥ずかしい……」 「うるさい、さっさと行け」  戸惑うユカリちゃんと、顔をほんのり赤らめるアオちゃんですが、オウカちゃんは二人の背中をバシバシと叩き、外へ促します。  ちっちゃい子が美女と美少女の背中を叩きながら建物から追い出す姿は、なんか、萌えます。 「レズは私と接客。お前は無愛想っぽいし、女にだけ誠心誠意尽くせ。男への対応は出来る限り私が引き受けてやる」 「せめて百合と呼んでください。…………か、借りができたなんて思いませんからねッ」 「…………」 「ん? どうしましたか、マスターさん」 「い、いえ……。オウカちゃん、手馴れていますね」  しかも、あの青葉ちゃんにツンデレ発言をさせやがりました。  口は相変わらず凶悪な少女ですが、テキパキとした指示出しといい、さりげないフォローといい、かなり優秀っぽいです。 「ああ、彼女はホール長ですから」 「ホール長?」  ということは、「オレンジ」にはセキナさんオウカちゃんの二人以外にも、何人か他の従業員がいるというわけですね。 「でも、海の家に来たのはあなたたち二人だけですね?」 「そうですね。まぁ、お盆は休みたいという人ばかりですし、無理に出てもらうのも申し訳ないので」 「お人好しですねぇ……」  まさか、私が出張営業の話を受け入れなかったら、セキナさんは二人だけでこの海の家を営業するつもりだったのでしょうか。  ネコスよりもオレンジよりも広い上に、人通りだっていつもの比じゃあないのに。 「まあ……親睦を深めたかったのも本当ですが、単純に、人手が欲しかったのも事実です。騙したみたいで申し訳ありません」 「……気にしません。私、美人マスターですから」  大体、海の家の費用は全部「オレンジ」持ちです。それなのに売り上げの半分は「ネコス」がいただけるお話でした。  どうも、バカが付くぐらい、セキナさんはお人好しのようです。こんなんで、経営者としてやっていけるのでしょうか。 「ご心配痛み入ります。でも、私には黄花がいますから」 「むぐ……」  また、思っていることが口に出てしまったみたいです。  それ以上に、オウカちゃんに全幅の信頼を寄せているその発言に少しあてられてしまいました。 「まぁ、オウカちゃんなら、あなたと違って頼りになりそうですからね」 「ちょっとだけ、違いますよ」 「?」 「もちろん、黄花のおかげでお店はいまのところ安泰です。でもそれ以前に、私は黄花がいれば、それで充分なのです」 「……のろけ、ですね」 「のろけ、です。申し訳ありません」  にこにこと笑顔のまま、セキナさんは自分の婚約者を優しい瞳で見つめます。  どんな経緯があって、この二人が出会い、婚約し、ここまで相手のことを愛するようになったのか。  少しだけ、興味が沸いてきました。 「百合。セキナに熱い視線を注ぐ女は全員殴れ。客もお前の雇い主もだ」 「嫉妬で暴力を振るおうとするなんて、最低ですね。でも安心してください。そんな最低なあなたでも、私は愛しましょう」 「ア?」 「…………金髪幼女にヤンキーみたいなガンをもらったのは初めてです」  とてもじゃありませんが、私達姉妹では、あの少女は手に負えなさそうです。  興味が沸いたどころか、是非ともあの狂犬の攻略方法を教えてもらいたくなりました。
ネコス29 〜HENTAI最強決定戦・ラウンド1  みなさまこんにちは。  駐車場の猫があくびをする夏の浜辺喫茶「ネコス」の美人マスターです。まぶしさにウワサ走る美しさです。 「それにしても、暑いですねぇ、ホント」 「『あ』と『つ』と『い』を続けて言うな野良猫。余計暑くなる。魂抜かれろ」  私は今、狂犬美幼女と一緒に夏の浜辺を歩いています。  マスターであるこの私が、営業中にもかかわらずお店から出ているなんて、アイデンティティの損失に他なりません。が、これもお店のためというならば仕方のないことなのです。 「ったく……急にスクール水着の女が増えておかしいと思っていたんだ。この駄猫」 「あははー、セキナさんと入れ替わって、あんな毒舌対応したオウカちゃんには及びませんー」 「客が私のセキナに言い寄っていたんだ。当然の対応だろう」  まぁ、つまりなんですか。  二日目の営業は、ノーマルなお客さんにTSブレンドを出してしまった私と、セキナさんと入れ替わり凶悪さがいつもの十倍になったオウカちゃんの二人が戦力外になってしまいました。  いつもと違う場所で営業するのって、意外と難しいんですねぇ。 「それで、どうしましょう? 客引きでもしますか?」 「セキナの体で女に声をかけろと? ハッ、冗談は顔だけにしろ」 「ずっと思ってましたが、経営に私情を絡ませんじゃねーです、この腐ったみかん」 「ふん……そんなこと、わかっているさ。私の行為は、決して褒められたものではない」  自覚があったとは驚きです。 「だがな野良猫。私は常に、セキナにとって一番でなければいけないんだ。だからこそ、過剰なまでに私はこう主張する『セキナは私のものだ』と」 「んー……」  そんなに必死になる理由がいまいちわかりません。  婚約者同士なのですから、何も不安に思うことはないはずでは? 「婚約者、か。私が半ば強引に口約束させたその言葉に、どれほどのチカラがあると思う?」  自嘲するように。いいえ、それは本当に自嘲だったのでしょう。  オウカちゃんはセキナさんの顔で、皮肉めいた笑みを浮かべました。 「セキナさんはあなたが大好きみたいでしたけどー」 「アレは優しいからな。だが考えてみろ。まともな男なら、私のような幼児体型に欲情するはずがない」  幼児体型がどうこうよりも、口の悪さのほうが問題ですけどねー。 「私はロリも大好きですが」 「お前は変態だ。……ハァ、野良猫相手にくだらない話をしたな。忘れろ」  と、その言葉を最後にオウカちゃんは話を打ち切るつもりだったのでしょう。  私以上の、変態の登場がなければ。 「マスターは変態じゃない。彼女は、全てのものを等しく愛せる聖母なのさ」 「……なんだ、この男」 「あああああああ……」  黒ブーメランパンツ一丁のド変態でした。一瞬でも股間に視線を移した私は猛省するべきだと思います。 「博愛主義……それでいて、しっかりと線引きをするマスターこそ、愛の女神の名に相応しい」  その自分に酔った口調と、相変わらず節穴すぎる私への評価をやめやがれですウザ客。  ここはネコスではないので厳密には客と呼べないのですが、かまいません。この男の名前はウザ客です。  つーか来るなって言ったのにきやがりました。お約束な野郎です。 「ふぅん……飼い主がいたのか。野良猫、改め飼い猫」 「チッチッチッ……マスターは野良猫でも飼い猫でもない。都会の片隅で慎ましく咲く、姫百合のような女性だ」  くああああああああーーーーー。うっぜぇ! です!  気取った舌打ちも、指振りも、言い終わると同時にやらかしたウインクも、全部が全部うっぜぇーーーー! 「オウカちゃん、私が許します! このウザ客やっちゃってください!」 「( ゚д゚ )…………」 「って、あれ? オウカちゃん?」  どうしたことでしょう。あのオウカちゃんが動揺しています。  あまりのウザさに、意識がすっ飛んでしまったのでしょうか。 「野良猫……」 「は、はい?」 「勝ったと思うなよ」 「はい!?」  すっげぇ形相で私を睨みつけたかと思えば、オウカちゃんはいきなり身をひるがえし、走り出しました。 「ちょ、ど、どこ行くんですかーーーーっ」 「やかましい! 私は、今すぐセキナに愛を囁かれなければいけないんだ!」 「まったく意味がわかりません!」 「野良猫ごときでも飼い主に愛を囁かれるのに、メイドが主に愛を囁かれないなんてバカな話があってたまるかぁっ!」 「メイド? 主!?」 「セキナーーーー! 私をッ、欲しいとッ、言えええええええ!!!!」  赤髪の男は、夏の海水浴場でそんなことを叫びながら、浜辺を全力疾走しました。……通報されていないことを祈りましょう。 「ハッハッハッ。ずいぶんと、情熱的な女の子だね」  だからなんなんですか、その無駄すぎる慧眼は。人を外見で判断しないにも限度があります。 「ところでマスター。僕は、とんでもないことをしてしまった」  あなたの存在自体が、もうどうしようもない感じですけどねー。 「僕は、キミが水着姿でいるというのに、その賛美を忘れてしまったんだ」 「む……」  いまさらですが、私は白のビキニの上にパーカーを羽織っています。  別に野郎に褒められたくて着ているわけではないのですが、賛嘆の声がないのはなんだかつまらないと感じるのが女心です。しかししかし、相手がこのウザ客というのがいただけません。  おそらく、これまで以上のウザワードが私に襲い掛かってくることでしょう。  となれば、やることは一つです。 「私、仕事があるので!」  言うが早いか、私は海岸線を走り出します。この男にお店の場所を知られたくありませんし、とにかく逃げるしかないのです。 「ふふっ、かけっこかい? いいだろう。せっかくの海だ。たまには童心に返るのも悪くない」  なんだかごちゃごちゃ言っているうちに私はぐんぐん距離を伸ばします。  どうやら、思ったよりも簡単に撒けそうで―――― 「ははははは、こいつぅー、まーてー」 「ぎにゃーーーーーー!?」  なんか、キメェワードが聞こえたと思ったら一瞬で追いつかれました!  ホンット、なんなんですか、あんたはぁっ!  ……結局、私はお日様が傾くまでウザ客と海岸線を走っていました。  なんか、息も絶え絶えの私の姿を見たユカリちゃんに、『店ほったらかして赤井とのイチャコラは楽しかったか? ああ?』とか、よくわからない怒られ方をされてしまいました。  つーか、私が悪いんでしょうか?  世の中はとっても理不尽です。
ネコス30 〜「強敵」の読みを答えよ  みなさまこんばんは。  山陰に姿を消す太陽を眺める海の家「ネコス」の美人マスターです。  一度で良いから夕日が海に沈む風景を目にしたいものです。日本海側なら見えるのでしょうか? よくわかりません。 「あー、やれやれです」  とにかく、これで今日一日の業務もおしまいです。明日はお店の片づけをして帰るだけです。  まだ夜というほどでもない時間帯なので、一泳ぎする時間ぐらいはあると思います。疲れてはいますが、せっかく海にきたのに一度も泳がないというのは損した気分になりますからねー。 「というわけでユカリちゃ……」 「おいマスターっ! 赤井はあそこにいるんだな!?」 「にゃあっ!?」  な、なんか殺気立ってますねぇ。そんな怒鳴らなくても聞こえますよぉ。  赤井というのが誰かは存じませんがユカリちゃんは美女ウエイトレスなのですから、もう少し雅やかに会話を運んで欲しいものです。 「部屋の鍵は開けてある……とも言ってたよな。それはつまり、夜這いOKってことだよな!」 「ユカリちゃんは一刻も早くいつものクールっぽさを取り戻すべきだと思いますっ」 「っせぇ! 俺だって、俺だって赤井とイチャコラしたいんじゃボケーーーーッ!」  そんなことを叫び、ユカリちゃんは水着姿のまま近くのホテルへ走っていきました。  キャラが崩壊しています。いったい、何が彼女をあそこまで追い詰めてしまったのでしょう。 「さ、青田君。こちらへ」 「うん、青葉さん」 「むっ」  叫び去るユカリちゃんを見送っていた私の背後では、妹と美少女ウエイトレスがお店の裏口から出て行こうとしてやがりました。 「ちょ、どこ行く気ですかっ。おねーちゃんを一人にしないでください」 「いえ。ちょっと恋人と、人気のない岩場の影に行って泳いでこようかと」 「なんですかそのエロフラグっ。私も一緒に行きます!」 「泳ぐといっても快楽の海ですけど。くすくす」 「隠す気ありませんでしたかっ! ますます私も混ぜてください!」  つくづくエロだけには素直なんですねぇっ、この百合ツンドラちゃんは。 「あ、あの店長。ボクたちが今行く岩場は二人用のスポットだって、青葉さんが」 「大自然の一角が二人用ッ!?」  つくづく私だけにはスネオなんですねぇっ、この意地悪ツンドラめっ! 「さ、早く行きましょう青田君。兄さんは翌朝『ゆうべはおたのしみでしたね』の台詞を忘れずに」  そんな感じで、あっという間にネコスの従業員は私一人になってしまいました。  ……仕方ありません。せっかくなので「オレンジ」の二人と仲良くお喋りでもするです。 「というわけでオウカちゃん、セキナさ……」 「黄花。大事な話がある」 「……昨日のアレ、ですね」 「うん。営業中にいきなり『私を欲しいと言え』はどうかと思う。今日は、腰を据えて話し合おう」 「はい……セキナのお望みのままに」 「( ゚д゚ )……」  なんでしょう、このシリアスな雰囲気。だいたいオウカちゃん。あなた、いつもの毒舌はどうしたのですか。  そりゃあ、今までだってセキナさんにだけは少し態度が違っていましたが、ここまで従順な調子は初めてです。  セキナさんもセキナさんで、いつもの穏やかな表情ではあるのですが、まとう空気がなんだか全然違います。威厳さえ感じます。 「というわけで、申し訳ありませんが貴女のお話は後にしていただきたいのですが」 「頼む。しばらく、私とセキナだけにして欲しい」 「(゚Д゚;≡;゚д゚)!?」  ラグナロクでしょうか。いま、オウカちゃんが私に頼み事をしましたっ!  ああもう、キャラ崩壊したユカリちゃんといい、オウカちゃんといい、なんなんですか今日は! 何が起こっているんです! 「というわけで、マスターひとりぼっちです」  一人で泳いでいてもつまらないので、私は波打ち際で体育座りです。  結構、楽しみにしていたんですよ? みんなで海行って、海ならではのイベントをこなしていくのを。  それなのに普通に営業して、このまま普通に帰ってしまうなんて、悲しすぎます。 「超寂しいです……くすん」  ヒザに顔をうずめ、群青色から夜へ変化していく空を見るのをやめます。  美人の女の子になればきっと人気者になれるだろうと思いましたけど……。人生、うまくいきません。  結局のところ、男であろうと女であろうと私という人間は――――。 「よーよーオネーチャン。何してんの?」 「ヒマなの? 俺らとあそばね?」  人がせっかくシリアスに自分語りし始めようというときに、空気の読めないテンプレ野郎が二匹現れました。  ナンパされたのは実は初めてではありませんが、うっとうしがるほどの遭遇していないのも事実です。  ですが、人にはモチベーションというものがあるのです。 「そして私は、いま、そんな気分じゃありません。女の子相手なら、またもう少し違ったのでしょうが」 「? 変なネーチャンだな」 「な、な、コレなんじゃね?」  男の片方が、自分の頭を指差しくるくると指を回します。 「ギャハハハハ、マジか。ヤッベ俺刺されるよー」 「……はぁ」  海にはこういうバカも沸くから困ります。もう、出張営業なんてしないほうが良いかもしれません。 「あ? 何よネーチャン。いま俺らのこと馬鹿にしたっしょ?」 「ギャハハハ、アレな女にバカにされてやんの」 「っせーな! ……おい、コイツ、つれてくぞ」  おや? 「ギャハッ、さすがだねぇっ。女と見ればみさかい無しだ!」  おやおやぁ? 「なぁネーチャン。自分で俺たちについてくるか、気絶して俺たちに運ばれるか、好きなほう選べよ」  ま、まさかこれ、レイプフラグですか? 私、マワサレるんですかぁ!?  この平和な町にこんなクズが生息していたなんてショックです。一度、私の店に来て女の子になって同じ目に遭いやがれです! 「にゃー……」 「へ?」 「お?」 「ギャハ?」  下品な男どもと私しかいないと思っていた浜辺に、別の声が混じりました。  振り返ってみれば、そこには夕闇にお目目を光らせる三毛猫がいるではありませんか。 「にゃっ」  私達の視線が集まっているのを感じてか、三毛猫さんはピクリと耳を動かし、ひらりひらりと飛ぶように姿を消しました。  な、なんだったのでしょう、いったい。 「ねこーーーーーーーっ!」 「ひゃあ!?」  猫の登場に意識を奪われていた私達の空気を切り裂くように、激しい声が飛び込んできました。 「お、オウカちゃん!?」 「あ、あのっ。いま、ここに猫いませんでした? 猫!」  いつも不機嫌そうに据わり、鋭い光を放っている彼女の瞳は、いまは目をきらきらと輝かせまるで夢見る少女のようです。  これはもしかして、もしかしなくとも、中身がセキナさんと入れ替わっているのでしょうか? 「って、いまは危険が危ないのです! 早く逃げるべきです!」  狂犬オウカちゃんならばあまり心配はないのですが、見た目相応にか弱く可愛い現在のオウカちゃんinセキナさんでは、このクズ二人にとってただのご馳走です! 美人マスターともども、おいしくいただかれるのがオチです! 「って、あれ?」  ざわ…ざわ…と男二人は顔を見合わせなぜか動揺しています。  オウカちゃんの顔に見覚えでもあるのでしょうか。 「おい、貴様ら」 「ひっ!?」  とんでもなく不本意なことですが、私とクズ達の声が重なりました。  そのぐらい、新しくやってきた声には背筋を震わせる冷たさがあったのです。 「て、てててん、てんん、てんてんてててて」  よくわからない言葉を羅列しながら、口をパクパクさせる二人ですが、私もその気持ちはわかります。  普段の好青年っぽさなど欠片も感じさせない、無表情で人を殺せるような冷たい目をした赤髪の男が、気がつけば自分達の背後にいて見下ろしているのです。下手なホラーでは太刀打ちできない恐怖があります。 「私の友人にひどいことをするつもりか? エロ漫画みたいに」 「て、て、店長の、ご友人!?」 「んなっ!?」  い、いまなんかすっげぇ重要な単語が聞こえました! なんとこの二人、セキナさんを『店長』って――――ってぇ! それ以上に大事なワードを聞いたでしょう、私! 「バイトどもよ。貴様らは嫌がる女を無理矢理連れ去って犯すことが、どうしても外せない用事なのか?」 「い、いえ、これは……」 「しかし私は今、非常に気分がいい。……今すぐ消えろ。それで許してやる」 「ひっ……ひぃぃぃぃぃぃっ!」  狂犬セキナさんのその言葉をスタートサインにし、クズは逃げ惑う雑兵のような足取りで私達の前から走り去っていきました。 「……ずいぶん、恐れられていますねぇ」 「教育が行き届いているのさ。もっとも、店の外ではあんなていたらくだがな」  それは教育が行き届いていないというのです。  しかしまぁ、この人の登場で悲惨な初体験を味わわず済んだのですから、一応、感謝しておいてやりましょう。  それに……。 「うへへ〜。友人、ですか〜」 「……ふん」  ニヤつく私に何も言わず、セキナさんinオウカちゃんはまだ浜辺をきょろきょろとしている金髪少女に声をかけました。 「セキナ。もう猫なんてどこにもいない。早く帰りましょう」 「で、でもぉ〜」  セキナさんはオウカちゃんの可愛い顔をしゅんとさせ、胸の前で両手をもじもじさせています。  ……この人、本当に男なのでしょうか。  ついつい抱きしめたくなるじゃないですか。 「あ、あのぉ、セキナさん。猫、お好きなのですか?」 「はいっ。こうして黄花と入れ替わっているときなどは、全力で可愛がることにしていますっ」 「セキナの体は猫アレルギーだしな。それがどうかしたか野良猫」  友人宣言してくれても、私への辛らつな態度は変えてくれないのですねぇ。 「野良猫は野良猫だ。私とセキナの関係に一役買ったとはいえ、そこを勘違いするなよ野良猫」 「こら、黄花」 「あははー、いいんですよセキナさん。もう気にしません」  一回でもデレてくれたのならこんな暴言さえ可愛く見えるのがツンデレの特徴です。  そう、オウカちゃんはたったいま、狂犬ツンギレから狂犬ツンデレに変わったのです!  これはもう、私の攻略対象ですっ。誰かの婚約者だろうと関係ありません! 「というわけで、友情の証としてセキナさんには私のお店がなぜ「ネコス」というのかをお教えしましょう」  実は私のお店「ネコス」には、毎晩のように売れ残りの食事を求めて野良猫が集まってきています。  毎晩顔を合わせているので、だいぶ人間慣れしてもいます。つまり、猫好きにとって間違いなく至福を味わえるわけです。 「猫に……毎晩……エサやりが……?」  セキナさんは両手をお祈りするように組んで、うっとりしています。  ……くくっ、計画通り、です。  セキナさんは猫と見れば全力で可愛がるといってましたが、野良猫に対してそれはかなり危険な行為なのです。  いくら人に慣れているとはいえ、いきなり全力ハグをかましてノラさんの逆鱗に触れないはずがありません。  オウカちゃんボディのセキナさんは病原菌だらけの爪で柔肌を切り裂かれ、そして私は責任を感じる振りをして全力で看病するのです。  心身ともに弱った金髪少女は、そんな私に徐々に心を開き……というシナリオです。  完璧です。完璧なNTRシナリオです。私は自分が自分で恐ろしいです。 「野良猫」 「はい?」 「砂浜で生き埋めか、いますぐ海の底に沈むか、好きなほうを選べ」 「…………」  もしかして、私、やっちゃいましたか? 「私は何度も何度も忠告したはずだ。私のセキナに手を出すな、と」 「ええと……とりあえず、セキナさんの顔でさっきよりももっと恐ろしいその表情はどうかと思います」 「安心しろ。目撃者は今すぐに消える」 「なんかこの子、私を亡き者にする気、百点満点ですよ!? 止めてくださいセキナさんっ!」 「猫……ぬこ……」  トリップしててなんも聞いちゃいねぇっぽいです! 役立たずな店長ですねぇっ! 「よし、お前には特別に、スイカに偽装し誰かに頭を叩き割られるコースを用意してやろう」 「なんですかそのギャグ漫画みたいな撲殺コース! 現実にやられたら死にますからねっ!?」 「それが目的だが?」 「しれっといってんじゃねぇですーっ」  というか、愛は惜しみなく奪うものだと偉い人も言っています。  私は、絶対に諦めませんっ! 「というわけで、今日のところは勇気ある撤退と行きましょう!」 「なっ、野良猫ぉおおおおおおおッ!」  オウカちゃんが物凄い形相で追いかけてきますが、つかまるわけにはいきません。  私、コレでも足に自信はあるのです。 「あーはーはー。つかまえてごらんなさーい、です」  なんだか、昨日もやった覚えのある追いかけっこをしながら、私と赤髪の男は夏の砂浜を走ります。  結局この件は正気に戻ったセキナさんが、「寝取るなんて冗談だ」とオウカちゃんをなだめることで、事態の収束をつけました。  ……冗談じゃあ、ないんですけど。でも命を狙われるのも困るのでそういうことにしておきます。  まぁ、いずれ私の虜にして見せますよ。  その日を楽しみに待つがいいです金髪幼女。
ネコス31 〜ライバル登場編 エピローグ  みなさまこんにちは。  海の家をたたみマイホームに戻ってきた変身喫茶「ネコス」の美人マスターです。やっぱり家が一番です。  それならはじめから旅行に行くなというお声が聞こえてきそうですが、それは人生的に考えて非常につまらないので却下します。  旅のない人生なんて、猫の絵がかかれていない猫缶みたいなものです。 「ずいぶんとまぁ、わかりにくい例えだな」 「そうでしょうか? わりと、上手いこと言ったつもりなのですが」 「あっそ……」  そういって、バイト美女のユカリちゃんはため息をついて、のろのろとテーブルを拭いています。心ここにあらずな感じです。  彼女は海の家営業の最終日、シーサイドホテルにいる赤井とやらを訪ねたらしいのですが、なんと朝まで帰ってきませんでした。  目の下にクマを作って朝帰りしたユカリちゃんは、たった一言「倍プッシュが……」と謎の言葉を残しその後は死んだように眠りについてしまいました。  結局いまだにその言葉の正体や、ユカリちゃんに何があったのかは、不明なままです。残念なことに、私がいくら聞いてもはぐらかされてしまうのです。 「はぁ……」  悩める美女の姿は大変美しいのですが、どちらかといえば早く元気になってほしいです。  そうそう、彼女とはまったく逆の方向性ですが、様子のおかしい人がもう一人います。 「み、みみ、みなさまおはようございます。ねねね「ネコス」のバイト……び、美少女。アオ……です……」  計ったようなタイミングで話題の人が登場です。  おどおどびくびくとして顔を真っ赤にしているのはいつも通りのアオちゃんですが、どうも台詞回しが自意識過剰っぽくなっちゃっています。  たしかにアオちゃんは美少女ですが、自分で言うのはどうかと思うのです。まったく誰に影響されたのやら。 「まぁ、詳しく聞くのはやめておきますかー」  人にはそれぞれ、いろんな事情があります。  悩みを抱えたユカリちゃんも、ぎこちないながらも自画自賛を始めたアオちゃんも。  きっと私の知らないところで、いろんなドラマが展開されたのでしょう。  そしてそれはきっと、あの二人も同じです。 「……一度ぐらい、お店に入ってあげるべきでしたかねぇ」  窓の外をうかがう私の目は、人気のない小さな喫茶店を映しています。  『orange』という洒落た看板の軒下にある扉には、一枚の張り紙がしてありました。 「【婚前旅行のため、しばらく休業します】ですかー……」  あの日、私がオウカちゃんの寝取り宣言をしたせいだとは思いたくありませんが、みかんコンビは出張営業から帰ってくるなり、あんな張り紙をしてお店をあけてしまいました。  − − − 「突然申し訳ありません。黄花が、どうしても今すぐ婚前旅行をしたいとか言い出して……」 「セキナ。そんな野良猫と話すなら私とお話ししましょう」 「ははは……なんか、急に甘えだして……嬉しい反面、恥ずかしいですね」 「じゃあな野良猫。私のセキナを奪える可能性は完全に0だということを思い知れ」  − − −  ……おや? 二人が婚前旅行に出かけたの、思いっきり私のせいっぽくないですか?  えーと。と、とにかくあの二人は、こう、もっと壮大なドラマの末、このような展開を見せたのではないでしょうか。  「メイド」や「主」といった非常に気になるワードを聞いたこともあり、彼らのバックボーンには興味津々です。  ですが、あえてもう一度言いましょう。  人にはそれぞれ、いろんな事情があります。  そしてそれを無闇に探られるのを好まない人はたくさんいます。  だから、私は何も聞きません。  アオちゃんもユカリちゃんも。青葉ちゃんも、オレンジのあの二人も。もちろん、その他のお客様たちも。  それぞれの事情、それぞれのドラマを私に語ってくれるそのときまで。  私は、いつもどおりの笑顔で、こう言うのです。 「みなさまこんにちは。変身喫茶「ネコス」の美人マスターです」
ネコス32 〜ライバル店の赤と黄色  みなさまこんにちは。  あなたの変身願望が叶う喫茶店「ネコス」の美人マスターです。年中無休です。  お久しぶりなような気がしないでもないわけじゃないこともないのですが、「ネコス」は365日ずっと営業していましたので久しぶりも何もないはずです。 「相変わらず独り言がうるさいな、野良猫」  カランと来客鈴が鳴り、再来店の一言目から暴言が飛んできやがりました。  声はロリ系だというのに、そこに無理やりドスを利かせているので世にも奇妙な迫力がそこはかとなくにじみ出ています。  悪漢がロリ娘にTSしたらこんな感じの口調なのではないでしょうか。そう考えると暴言の一つや二つ、むしろご褒美です。 「というわけでオウカちゃん、りぴーとあふたーみー『くく、ガキの癖にいいカラダしてやがる』」 「……シャミセンにするぞ野良猫」  人殺しの目です。金髪ツインテのロリメイドが人殺しの目で私を睨んできます。  何が気に入らないのかさっぱり不明なのですが、とりあえず彼女の気を鎮めるため、ひざまずいて命乞いして小僧から石を取り戻しました。 「いるか、こんなん」  速攻で石が捨てられてしまいました。でもまぁ、機嫌は直ったようなのでよしとします。 「それにしても、お久しぶりですねぇ。いつ戻ってきたんです?」  カウンター席にちょこんと座る金髪幼女にニコニコと愛想よくお話します。  この子は、お向かいに建つカフェ「オレンジ」の従業員です。少し前に、オレンジのマスター、セキナさんと婚前旅行に行ってしまい、音沙汰がありませんでした。 「一ヶ月ぐらい前だな」 「そんな前に戻ってきたのに連絡の一つもよこさなかったんですか!?」 「何か問題か?」  と、相変わらず凶悪な眼光で私を睨みつけてくれます。  私、この子に友人宣言されたはずなんですけどねー。全然、態度が軟化していないじゃないですかー。 「ああ、どうも。お邪魔します」  再び来客鈴が鳴り、姿を現したのはやけに低姿勢の赤毛男でした。  「オレンジ」のマスターにして、オウカちゃんの婚約者、セキナさんです。 「お久しぶりですねー」 「ええ、どうも、本当に。ご挨拶が送れて申し訳ありません」 「セキナ、こんな野良猫に頭を下げる必要はありません。こちらにはこちらの事情があったのですから」  事情、ですかー。  まぁ聞きませんけど。私、人の事情に踏み込まない、寛容な美人マスターですから! 「それに、お土産があるでしょう? ピロシキの一つぐらい差し入れしてやれば、野良猫なんてあっさり追従するに決まってます」 「私、めちゃくちゃ安いですね!?」  せめて紙袋いっぱいよこしやがれです。 「ピロシキよりもマトリョーシカが良かったか? 延々と独りで遊んでいろ」 「マトリョーシカでどう遊べというんですか! あと、さりげなく私のトラウマワードをぶつけて来るんじゃないです」  私は独りという言葉が大嫌いなのです。 「というか、お二人は海外にいってらしたんですか?」 「ええ。ちょっと北に」 「……寒かった」  そりゃあそうでしょうねぇ。  私なら国内だろうとも絶対に北になんか行きません。コタツで丸くなってやりますです。  しかし、なぜわざわざ北上したんでしょう。しかも、こんな時期に。マゾでしょうか。 「北になら、私達の身体を元に戻せる秘薬や魔術があるかと思いまして」 「北陸パネェですね!」  なんでしょう。なぜこの赤毛男はニコニコしたままそんな夢を語るのでしょう。  まぁかくいう私のTSブレンドに使う豆も、たしか怪しげな外国人から仕入れたものでしたけど。外国すげぇです。 「残念ながら、今回は収穫なしでしたよ。ははっ」 「ですよねー」 「『幽体離脱ロシアンティー』とか『スライム化ボルシチ』とか、私達には無用のものですし」 「いますぐその旅行ルートを教えてください!」  全力で土下座して懇願します。というか、なぜそれをお土産にしてくれなかったんですかこのやろう。 「セキナ……私は、私達の体質を無理に戻す必要はないかと思います」 「黄花。でも、やっぱり衝撃があるたびに入れ替わっては……」 「慣れればいいだけの話です。男としても女としても。それに、私は「私」を抱くのは、嫌いではありません」 「あ、ああ……それは、私もだ。「私」に私が抱かれるのは……なんというか、安心する」 「ってぇ! エロトーク禁止ーーーーーーーーーーーーーーーーーーです!!!!」  この二人は急に何を話しやがっているんでしょう。  真昼間から抱くって、抱かれるって! 婚前旅行の間、二人に何があったんですか!? わたし、美人マスターですけど聞いちゃいますよ? 根掘り葉掘り聞いちゃいますからね! 「エロトーク? 何を言っているんだこの駄猫」 「入れ替わったとき、普通に抱きしめているだけですよ? 黄花の身体で「私」に後ろから抱かれると、安心するんです」 「私もです。セキナの身体で「私」を抱くのは……なんというか、私はこんなに小さかったのかと、改めて思い知らされます」  え、抱くって……普通にハグってことですか? ぎゅーって意味ですか? プラトニックですかイチャコラですか? 「…………どんな想像をした? このエロ猫」 「にゃーーーーーーーーーーーー!?」  今日も「ネコス」には、美人マスターの元気な声が響きます。  ……くすん。私もそろそろ恋人が欲しいです。*ただし女性に限る
ネコス33 〜性春まっしぐらの青色共 「み、みなさまこんにちは。ネコスの……び、美少女うえいとれす、アオです。暦の上ではもう春が来ています」  みなさまこんにちは。あなたの変身願望を叶える「ネコス」の美人マスターです。立春が過ぎましたがまだまださみーです。  「暦の上ではもう春だぜーw」とかドヤ顔でいう木っ端はいますぐ春らしい格好しやがれ思うます。そして風邪引くがいいです。 「ひぃっ」  私の発言に、なぜかバイト美少女のアオちゃんは身を縮ませます。思い当たる節でもあるのでしょうか。 「兄さん。あまり私の彼女をいじめないでください」 「いじめてるつもりはないのですがー」  カウンター席から冷たい目で睨みつけるのは私の妹にして空気の読めない子、青葉ちゃんです。  華麗に美人マスターへと変身したこの私を、いまだに兄さんと呼ぶのはどういう了見なのでしょう。百合娘の癖におねーちゃんとは濃厚なレズエッチができないとか言いやがりますし。  本当、いくつになっても空気の読めない妹です。 「あの、青葉さん。僕は……」 「私の彼女、ですよね? 青田君……いいえ美少女ウエイトレスのアオちゃん?」 「ひゃんっ!?」  妹は悪い顔をしてさきほどのアオちゃんの自己紹介を朗読しやがりました。羞恥プレイ以外の何物でもありません。  まあ、というか、なんでアオちゃんは急に自己紹介を見えない誰かにしたのでしょう。はたから見るとあぶない人です。  アオちゃんは、青葉ちゃんの同級生です。ネコスで働いている間だけ、私のブレンド効果により美少女ウエイトレス「アオちゃん」として働いている少年なのですが、どうも私に心酔してしまっているらしいのです。  ここで働く理由が、「私のようになりたい」とか言うぐらいですから、間違いなく心酔しています。そのわりには青葉ちゃんの彼氏気取りで私にちっともなびいてくれない気がしますが、とにかく青田君は私の美しさに心酔しているのです。 「どうしよう……お兄さんの真似しようとするたびに僕、女の子になっていってる気がする」 「そんなことありませんよ。あなたは兄さんに近づいています。だから、ね? もう二度と男に戻らないって約束――」 「本末転倒だよね? お兄さんっぽくなって、キミに振り向いてもらおうとしているんだよね、僕!」 「打算でしか人と付き合えないのですね。悲しい人ですね。死んでください」 「言いすぎじゃない!?」 「美少女ウエイトレスなのに騒ぎすぎですね。そんな悪い口はふさいでしまいましょう」 「ンン――――――――ッ!?」 「んなぁ!?」  なんだか青葉ちゃんがふたりでこそこそ話していたと思ったら、急にアオちゃんの唇に飛びつきやがりました!  イミフです! 他のお客さんもいるんですよ? なんで私がそこに混ざっていないんですか!? 「ンッ、んぁ、んんん〜〜〜〜ッ」  アオちゃんは青葉ちゃんに唇をふさがれたまま、じたばたしています。  しかし青葉ちゃんはそんなことまったく気にした様子もなく、さらに強く唇を押し付けているみたいでした。 「んふふ……ちゅ……ちゅぱっ、じゅるじゅる」  ってぇ! 舌!? 舌入れてやがりますあのエロ妹!  白昼堂々お店の従業員の唇を奪ったかと思ったら、ディープキスまで始めやがああああああっ、手! 右手! 右手がウエイトレス衣装を押し上げるアオちゃんの平均サイズの胸にぃ!? 「真昼間から何している、百合」 「あうっ」  ガッ! と青葉ちゃんの頭に男の拳が着陸しました。  衣装を乱し、顔を上気させるエロいアオちゃんから泣く泣く視線を逸らしますと、目つきの鋭い赤毛の男が拳骨を作って青葉ちゃんを睨んでいました。 「セキナさん……ではなく、オウカちゃんですね」  セキナさんはこんな凶悪そうな顔しません。おそらく、またお互いに頭突きでもして身体を入れ替えたのでしょう。 「野良猫、この百合は発情期かなにかか? 縛って地下に閉じ込めておけ」 「SMプレイですかー。興味はあるんですけどねー」  でも残念ながらウチに地下室はありません。  それに、女の子をムチで叩いて何が嬉しいのでしょう。女の子は優しくそして淫靡に抱くべきだと思います。 「はぅ、はぅ、あおばさぁん……」 「幸せそうなトロ顔ですねぇ、絶頂を迎えたみたいですよー」 「……この店には風紀管理者がいないのか。ああ、野良猫の店などどうでもいい。こっちの用事の方が大事だ」  なぜか疲れたような顔をして、見た目セキナさんのオウカちゃんが私に向き直ります。 「野良猫、セキナを見なかったか。……あのバカ、私の身体で猫を追いかけたまま帰ってこないんだ」  幼稚園児でしょうか、あの店主。  いくら猫まっしぐらとはいえ、限度があるでしょう。 「……まぁ、そのうち帰ってきますよー」 「……だといいがな」  そういえばセキナさんは方向音痴という話を聞いた覚えがあります。無事に帰ってこれるでしょうか。  ですが、いまは私にとって目の前の二人の方が大問題なのです。 「きゅー……」  オウカちゃんの男パワーで殴られ、気絶してしまった百合娘と。 「あ……ん……あおばさぁん……」  いまだに絶頂の余韻に浸っているような顔で別世界に旅立った美少女ウエイトレス。  若さゆえ欲望に流されがちの学生カップルに、私は嘆息します。 「風紀委員長キャラ、ですかー」  真面目で、エロくなくて、突っ込みもできる美少女ウエイトレス。  そんな人、私の周りにはいないような気がして。  なんだかとても悲しくなりました。 「あ、そうだ。オウカちゃん。たまにでいいですからウチで働く気は」 「アア?」 「ないですねそうですねごめんなさい」  今日も「ネコス」は、マスターの立ち居地が微妙です。
ネコス34 〜中二病な黄色  みなさまこんばんは。変身喫茶「ネコス」の美人マスターです。咳をしても独りです。別に風邪は引いていません。 「というわけで、営業時間も終わりましたので、いつもの日課を始めます」  私は今日の残り物をお店の裏口にもって行きます。  ドアを開けると、なんということでしょう。垣根の中からぞろぞろと野良猫さんたちが寄って来るではありませんか。 「あははー、いやしんぼめっ」  言葉とは裏腹に、私は笑顔で猫さんにえさをばら撒きます。  にゃーにゃーと鳴いて私の足元に群がる猫さんたちの、なんとかわいいことか。  閉店後のネコスは私独りですが、この子達がいればもう何も怖くないです。 「にゃー」 「むむっ」  一際特徴的な鳴き声が、私の耳をぴくぴく揺らします。  きやがりましたか、オスの三毛猫、黄吉! 「にゃー」 「ああもう、かわいいですねこのヤロウ!」  以前、イタズラ心で人化させたときは「wwww」とか語尾について回るとっても残念な口調の猫耳美少女になった黄吉ですが、猫のときはそんな口調、まったくうかがわせません。  っていうか、ぬこ超可愛いです。反則です。 「にゃ」  黄吉はきょろきょろと辺りを見回し、誰かを探している様子を見せます。  そういえばウチの青葉ちゃんに何度かころころされているんですよね、この猫。  そのたびに加害者の青葉ちゃんに憑依して、なんかえろいことやっているみたいですけど。はっきりいって、うらやましいことこの上ありません。 「あははー、残念ですけど。今日は青葉ちゃんは来ませんよー?」 「にゃー」  がっくりと肩を落としているように見えます。  もしかして人間の女の子の身体に病みつきになったんでしょうか。エロい猫さんです。 「というわけで、TSブレンド〜」  機械仕掛けのネコさんを意識して、どこからともなくネコスのお勧めメニューを手のひらに出現させます。  私のコーヒーは魔法のコーヒー。  一口飲めばあら不思議。老若男女畜生外道問わず可愛い女の子の姿に早変わりです! 「にゃ?」 「これを飲んで、人間の女の子になるがいいです」  猫耳のついた青葉ちゃんは非常に萌えでしたが、そう何度も何度も妹の身体を畜生に乗っ取らせてやるものですか。  本当なら、青葉ちゃんに初憑依するのは私の予定だったんですからね? 「にゃー」  私の悔しさなどまったく気にせず、黄吉は差し出されたコーヒーをぴチャぴチャ舐めます。 「にゃふっ!?」  急に黄吉が爆発します。さすがに心配になりますが、慌てずに事の成り行きを見守ります。  もうもうと漂う煙の中から姿を現したのは────。 「ククッ、よくぞ我が封印を説いてくれた人間。礼を言おう」  ネコミミ猫尻尾のボブヘアオッドアイ右手包帯美少女がキターーーーーーーー!!  ……? なんか姿、前と違いません? 「くくっ……しかし、まだ……いや、我々だけで十分か」  猫耳美少女が悪い顔しています。というか、喋り方が妙に芝居がかっています。 「同志よ! 人類では、来るべきラグナロクに太刀打ちできん! 世界は我々、アンリミテッドキャッツが導くのだ!」 「にゃーーーーーーー!!」 「ほへっ!?」  猫耳美少女が、他のネコさんたちを煽り始めました!  ラグナロクってなんですか? 無限の猫ってなんですか!? 「まずはこの店に眠る秘法を入手し、諸君ら同志は我と同じ姿になるのだ! ゆけーーー!!」 「にゃーーーーーーー!!」 「うにゃーーー!?」  美少女黄吉の号令で大量の猫さんが勝手口に迫ってきました。  私の脇をすり抜けて、ねこが、猫が、ネコが、ぬこが、にゃーにゃーがお店の中に侵入していきます。 「って、私のお店に何しやがりますかこの猫さんらは! 厨房に入るなです柱で爪とぎするんじゃねェですテーブルの上で丸くなるなら激写しますです!」 「これは、ラグナロクを回避するための前哨戦である!正義は我々の掲げるエンブレムにあることを知るがいい!」 「さっきから思ってましたけど、重症なぐらい中二病ですよねぇ、黄吉!」  というわけで、その日の夜。私は一晩かかってお店の中に散らばった猫さんの抜け毛を掃除しました。  ……大量のネコミミ少女と戯れる暇もありませんでしたよこんちくしょう。 「寝不足です〜」 「にゃーw」  すっかり元の姿に戻ったオス猫は、こちらの苦労など知らずに可愛らしい声を上げます。  ……なんかバカにされたような気がするのは、私の気のせいということにしておきます。
ネコス35 〜ウザイ赤色と恋する紫  みなさまこんにちは。あなたの変身願望を叶える喫茶店「ネコス」の美人マスターです。バレンタインフェア真っ最中です。  お店に来るカップルとか、人待ち顔の女の子とか、一人でパフェをかっ食らう男子高校生とか、この日はみんな色めき立っています。  そしてそれは、ここ「ネコス」も例外ではありませんでした。 「いらっしゃ……いませ」  来客鈴が鳴るたびにお店のバイト美女は、一瞬最高の笑顔でお客さんをお出迎えします。が、すぐに無愛想になってしまうのはちょっとばかりいただけません。 「ユカリちゃーん、その最高の笑顔は最後までお願いしますー」 「はぁ……マスターは悩みがなさそうでいいよな、ホント」  なんか失礼なことを言いやがるのは、ネコスのアルバイターにして絶世の美女、ユカリちゃんです。  もともとは普通の女子大生だったらしいのですが、マッドな祖父に男人格を移植され、一時期記憶喪失になっていたところを私が救い、なんだかんだあって今ではただの口の悪い女の子です。  ええ、私が、救ったんです。何か文句でもありますか? ユカリちゃんを慰めるイベントスチルを見逃してたりなんかしてないんですからねっ! 「いらっしゃいませーーーっ!」 「うにゃっ!?」  急に弾けんばかりのあっかるい声が、お店中に響き渡ります。  キャラ崩壊も辞さない、ユカリちゃんの声でした。 「ユカリちゃーん。元気なのはいいですけ……ど」 「やあ、マスター。今日もキミは美しいね」 「よ、よぉ赤井っ。ままま待ってたんだぞ?」 「相変わらずいい笑顔しているね、ユカリちゃん」 「にゃー……いらっしゃいませです」  妙にテンションを上げるバイト美女とは逆に、私の気分はどんどん落ち込んでいきます。  この、背景に星空のパネルでも背負っているかのようなキラキラした男は、ネコスの常連客です。  節穴過ぎる審美眼のせいで、絶世の美女であるユカリちゃんを差し置いてこの私を美しいなどと言い当然のように口説いてくるウザイ客です。  いいえ、まぁ私だって美人マスターを名乗っているわけですから? そりゃあ自分が美しいと理解はしているつもりです。  でも、この男が言っていることは、エベレストの朝日を拝んだ後で高尾山の朝日が最高に美しいとか言っているようなものです。酔狂以外の何物でもありません。 「それで、今日のご注文は?」  カウンター席に当然のように座ったウザ客に、私はいつもの営業スマイルも忘れぶっきらぼうに接客します。  ホール担当のユカリちゃんが、なんかそわそわしながらこちらを見ていますが……嫉妬でしょうか?  うふふ、大丈夫ですよーユカリちゃん。私はあなたのものですからー。こんなウザ客に心揺らぐものですか。 「マスターの今日のランチを。そしてデザートには、キミの愛がこもったチョコレートをいただきたい」 「…………オーダー承りましたー」  青筋マークを乱発させる顔を背け、私は厨房に向かいます。  ああほんと、マジウゼェです。いっそのこと女体化するチョコでも贈ってやりましょうか。  でも残念ながら私が変身効果を付加することの出来るメニューはコーヒーのみです。レパートリーを増やしたいと切実に思います。 「マスター!」 「うん?」  ちゃきちゃき料理を作っていると、突然、ユカリちゃんが厨房に現れました。 「あの、よ。さっきのオーダーだけど」 「どーしました? まさか変更ですか?」 「いや、そうじゃなくて。……ああ、なんつーか。赤井、デザートにチョコ、頼んだよな」 「……………………あー、はいはい、そうですね」  赤井というのが誰か一瞬本気でわかりませんでしたが、文脈から察してたぶんさっきのウザ客のことだろうと理解しました。さすが美人マスターの私です。 「や、やるのか? チョコ」  ユカリちゃんは真っ赤な顔してもじもじして、背が高いくせに猫背になって私を上目遣いします。美女可愛いとはこのことです。 「あははー。あいにくウチのバレンタインフェアは、キャッシャーの傍にある十円チョコ配布だけなのです」 「そ、そっか。ならさ」  ごそごそと制服のエプロンのポケットに手を突っ込んだかと思ったら―― 「ここ、これ」  そういって差し出されたのは、赤のリボンでラッピングされた、四角い箱でした。  この日に「コレナニ?」なんていうバカは男をやめるべきだと思います。 「営業中に、しかもお客さんの料理を作っている真っ最中のこのタイミングでチョコを渡されるとはさすがに思いませんでしたけどねー」 「は? い、いやちげぇよ! 赤井の料理に、これをつけて欲しいって言ってんだよ」 「? …………ああ、なるほど。ユカリちゃんは優しいですねー」  あのウザ客のことです。どうせ今日のチョコの収穫なんて、家族以外から貰っていないに決まっています。  しかし、こころ優しい私のユカリちゃんはそんな男を不憫に思い、わざわざチョコを用意して上げたのでしょう。 「ちなみに、私にもちゃんとあるんですよね? チョコ」 「LO○Kなら」  市販モノですか。しかも伏字が伏字の役割を果たしていないですねぇ。 「ほら、そんなことよりこれ、頼んだからな」  言いながらユカリちゃんはランチメニューのトレイにラッピングされた箱を置き、ホールに戻っていきました。  ……もしかして、わかりにくいツンデレでしょうか。  義理であげるウザ客が手作りで、恩人の私が市販者なんて、納得いきません。本当は逆なのかもしれません。 「うーん……」 「というわけで、マスターの今日のランチ。ユカリちゃんからの義理チョコ添えです」  悩んだ末、結局私は彼女の言うとおりにすることにしました。  チョコ一つの獲得に腐心するのではなく、素直に言うことを聞いて好感度を上げていくほうが重要だと気付いたのです。 「……へぇ。ユカリちゃんからか。ふっ……そういうことにしておこうか。恥ずかしがり屋のマスター?」  ウザイ感じで誤解しやがりました。ふとホールを見れば、ユカリちゃんが顔を真っ赤にしています。  なるほどそういうことですか。私だったからセーブできましたが、ユカリちゃんならこのウザさに耐え切れず、手を上げてしまいそうですからねー。 「フ……では、早速、マスターの愛の結晶を僕の口の中に導いてあげるとしよう」  チョコのどに詰まらせて生死をさまようがいいですこのウザ客。  ――パク―― 「………………君の愛は、苦いんだね」 「苦い?」 「なるほど……カカオ99%……いや、この味わいは85%といったところか。一昔前のブームを今もなお受け継ぐキミの姿勢に、僕は敬意を表するよ」  言っていることがウザクて私の脳内処理が追いつきません。なのでこの男の全ての言論は拒否することにします。 「ま、マスターに渡すのと間違えた…………」  視界の片隅で、ユカリちゃんがなぜかテーブルに座って頭を抱えています。  相席状態のお客さんは、そんな彼女をよしよしと慰めていました。 「やれやれです」  ――コポポポポポ… 「ホットココアです」 「うん?」 「コーヒーが嫌いってことは、あなた、苦いのがダメということでしょう? これで中和するといいです」 「(・∀・)…」 「な、なんですかその顔は」 「マスター。僕はキミを注文したい」 「バレンタインデーに風俗行くがいいですこのウザ客ーーーー!」  「ネコス」は今日も、苦くて甘い空気がいっぱいです。
ネコス36 〜謎の業者『I』  みなさまおはようございます。喫茶「ネコス」の美人マスターです。日曜日じゃなくとも市場に出かけます。糸と麻には何の用事もありません。 「これと……あーあと、そろそろ砂糖がなくなりそうでしたねー」 「へい、まいど」  私の前には馴染みの業者さんがいます。食品などの発注は電話で済ませるべきだとも思うのですが、やはり自分の目で直接見てこそ、いい料理が作れると考えます。 「ではでは、いつものように配達お願いしますです」 「ありあっしゃー」  威勢のよい対応をしてくれる業者さんと別れ、私は市場の裏路地を進みます。  市場に出かけるのは、自分の目で商品確認する以上に、この裏路地にも用事があるからなのです。 「さて、今日はどんな姿なんでしょうねー」  ネコスの目玉は、なんと言ってもTSブレンドです。  二種類あわせることにより性転換を可能にする特殊なコーヒー豆は、ここにいる人物から直接買うしかないのです。  薄暗くて狭い路地を進んでいくと、オレンジ色の街灯の下に、ビニールシートを広げた幼女が独りで座っていました。  こんな場所に幼女が独りというのは、違和感ありまくりです。ほぼ間違いなく、私の探していた人物でしょう。 「今日は幼女ですか、アイさん」 「ふぇぇ……し、知らない人が話しかけてきたよぅ」  幼女は大きな目をうるうるさせて私を見上げます。ずいぶんと可愛い子に化けたものですが、残念ながら中身を知っている私にはそうしたリアクションに対する効果は薄いです。 「中年男性が『ふぇぇ』とかいうのはどうかと思いますよー?」 「……ヒヒ、ノリの悪いブラザーだ」  幼女は急に口調を乱暴にさせて、フリルのついたスカートのポケットからタバコを取り出しました。 「それで? 今日は何の用だ」 「まずその姿をやめてください。幼女の格好でタバコすうんじゃねーです」 「やぁん。お兄ちゃんこわーい」  ……寒気がしました。中年男性の口調じゃねーです。 「ったく……めんどくせぇ」  幼女はぶつくさと文句を言いながら、両手の頭の後ろに回します。  ジィ……とファスナーの動く音がしたと思ったら、幼女の瞳から生気が失われ、皮膚にシワが現れました。  そして、さながら脱皮するように、幼女の頭から、別人の頭が出てきます。  アゴに無精ひげを生やした、鼻の高い、青い目をした中年男性でした。  身体はまだ幼女なのに、顔だけ外国人男性という光景は、何度見てもゾクゾクします。  そんな感想を抱く間にも、外人はみるみる幼女の皮から脱皮し、どう考えてもさっきの小さなサイズには収まりつかない巨躯が完全に姿を現します。 「フゥ、これでいいか? ブラザー」 「ええ、まぁ」  外人の足元には、先ほどの幼女の身体が布のように地面に落ちています。  これがもし、実在の少女を着ぐるみにしているのだとしたら、私は正義の者としてこの外人と激しい闘争を繰り広げていたことでしょう。  女の子の身体をオモチャのように使うその趣味趣向は、私の掲げるTS道とだいぶ異なるのです。 「HAHAHA。心配性だなブラザー。確かにこの『皮』は実在の人物だが……あくまでも、モデルだ。容姿以外は、全てオレのハンドメイドだぜ?」 「ええ、信じていますとも。アイさん。ところで、この物理法則を無視した皮の作り方は」 「ヒヒヒ……ブラザーの周りにいる女ドモの皮を作ってもいいなら、教えてやらなくもないぜ?」 「あははー。何度もいっている通り私の周りにいる女の子達は、コピーであろうとその姿になることはこの美人マスターが許しません」 「ヒヒ……じゃあ、今回も交渉は決裂、だな」 「残念ですけどねー」  正直、この外人のカワモノ技術は滅茶苦茶欲しいです。でも、代わりにこの男が私の周りにいる女の子達……青葉ちゃんやアオちゃんやユカリちゃんやオウカちゃんの姿になることを許してしまっては、ハーレム王の名折れです。こう見えて私、独占欲の強い美人マスターですから! 「とりあえず、いつものコーヒー豆を売ってください。あと他にTS効果のある材料は取り扱っていませんか?」 「幽体離脱薬(猛毒)」 「あーそういう不可逆系はちょっと」 「ケッ、帰れ帰れ」 「手のひら返すの早いですねぇ」  というわけで、いつものようにコーヒー豆を購入しました。 「次の入荷は、いつ頃になりますか?」 「さぁな? ま、見かけたら声を掛けてくれ」 「いつもいつも別人じゃないですかー」 「ヒヒヒ……言っているだろ? オレは誰でもあって誰でもない。だから『I』と名乗っているのさブラザー……」  タバコをふかしながら、外人は藍色のビニールシートに幼女の皮を包みます。まぁ、ぶっちゃけこの男が商売しているときは大抵このビニールシートが広げられているので、目印にはなっているのですが。 「ヒヒヒヒヒ」  それにしてもこの男、素性が知れません。はっきり言って、私が正体を知っているのも偶然です。  いつも女の皮を着て露店を並べるこの謎外人が、私が本音で話す唯一の商売相手だという事実に。  なんだかショックを受けつつ、私は路地裏を後にしました。 「おいブラザー。今度、お前の男だったときの皮を着て来店してやろうか? ヒヒ、妹ちゃんどんな反応するだろうなぁ?」 「ぶち殺しますよヒューマン」  少なくとも。  商売相手でなかったら、この外人は間違いなく敵だったと思います。
ネコス37 〜三月の不安  みなさまこんにちは。変身喫茶「ネコス」の美人マスターです。  雨が降っても雪が降ろうともまじめに働く社会人です。間違えました社会美人です。 「あの、それで店長」 「なんですかー? アオちゃん」 「い、いまの僕はアオじゃなくて、青田です」  カウンターに座る少年は生意気にもそんな自己主張をし、私に会話を求めてきます。  青田君は少し女顔であることを除けば、どこにでもいる気弱そうな普通の少年です。うちの美少女ウエイトレスさんの本当の姿だったりするわけですがもういっそのことずっと美少女のままでいればいいのにと思います。  この子は頑として首を縦に振ろうとしませんが。  まぁ、私の妹にぞっこんですからねぇ、この少年は。やっぱり、男として、一人の女の子を愛したいのでしょう。ガンバレ男の子、です。 「……あの、聞いてます?」 「はっ……ごめんなさい。私、特徴のない男の子の声は基本的にスルーしたい美人マスターですから」 「うぅぅー……あ、青葉さんも店長も、そんなに元の僕は魅力がないですか?」 「ありませんね」 「きっぱり!?」 「いいですか、アオちゃん。いくら女体化できる男の子だからといって、女体化以外の特徴を持たない男の子に魅力があると思いますか? しかも現在は女体化すらしていないただの少年じゃないですかー」 「あぅうう……」  がーん、という顔をしています。ショック顔もつまらない子です。 「だ、だって僕……店長の恋人みたいに自信満々でなんていられませんし」 「……あははー」  まだ勘違いしていましたか、このヘタレ小僧。  アオちゃんはネコスの常連客であるウザ客さんと私がおぞましいことに恋人同士だと勘違いしているお子ちゃまです。  まったく、いくらウザ客が私を口説いてくるからといって、私の態度を見ていればそういう関係ではないことぐらい明白でしょうに。観察眼がないってレベルじゃねーです。 「え……だって、店長、あのお客様にチョコあげていたんじゃ」 「あれはユカリちゃんのです。まったく、どうしてこんなこともわからないのか、美人マスターは不思議でしょうがありません」 「え、でも………ココア、あげてました、よね?」 「??? 従業員がお客様に粗相を働いたのですから、ウザ客とはいえ当然の応対だと思うのですが」  ふと、嫌なことに気が付きました。  ココアとは、カカオから作ります。そして世の中はカカオ=チョコだというイメージが浸透しているのは言うまでもありません。 「あれ? あれあれ?」  もしかして私、やっちゃいましたか? 「そういえば店長は、ホワイトデーのお返しにあのお客様から何を貰いたいですか?」 「い、いきなり変なことを聞きますね、アオちゃん。それじゃ、わた、私が、まるで、あのお客さんにチョコを贈ったみたいじゃないですかヤダー」 「いきなりって言うか、ボク、さっきからずっとホワイトデーのお返しについて相談していたんですけど」 「まさか青葉ちゃんから貰ったんですか!? このおねーちゃんを差し置いて、可愛い妹から甘いのを三つ受け取ったんですか! いやしんぼめ!」 「やっぱり話聞いていませんでしたかっ! っていうかなんでボク逆切れされているんです!?」 「むきゃーーーっ! 妹味のチョコはおいしかったですかこのやろうーーーーー!!」  ウザ客に不覚にもバレンタインチョコを渡してしまった事実と。  あのツンドラ青葉ちゃんが私でなく青田少年にチョコを渡していたという二重のショックが。  私を、テンパらせました。  ああもう、いまから14日がおぞましいです! 「……なぁ、妹さん」 「なんですかユカリさん」 「赤井にチョコ渡したの、俺、のはずだよな」 「……酷なようですがユカリさん。好きな相手からの十円チョコと親しい相手からの手作りチョコ。嬉しいのはどちらだと思いますか?」 「…………やっべ、バイト早退したい」 「落ち込むなら慰めてあげます、ベッドの上で」 「遠慮しておく」
ネコス38 〜3/14ホワイトデー  みなさまこんにちは。変身喫茶「ネコス」の美人マスターです。ガッデム今日の私に触れると火傷します。  ――カラン―― 「フーーーーッ!!」  お店の入り口に取り付けてある来客鈴が鳴った瞬間、私は全身の毛を逆立てたネコさんの気分で来訪者を威嚇しました。 「わわっ……い、いきなりなんですか、店長」 「シャーーー……あれ? アオちゃんじゃないですか」  扉を開けて入ってきたのが従業員だったので、私はすぐにいつもどおりの美人マスターに戻ります。心臓の弱いチキンなウエイトレスさんは私の威嚇に驚き、二三歩後ろに下がりました。 「きょきょ、今日は、ご機嫌ナナメ……ですか?」 「あははー、こんな日に浮かれるわけがないじゃないですかー」  今日は悪しき風習、ホワイトデーが行われます。  ちょうど一ヶ月前、うかつにも女性からチョコレートの類を受け取った男性は、この日、受け取った品物に対して三倍の価値を付与して返礼をしなければならないという、まさに悪魔のようなこの風習をホワイトデーと呼びます。  そして、この私もまた、男性からの三倍返しを待つ身ではあります。  十円チョコ以下の気持ちすら込めていないチョコレート類の受け渡しでしたが、それを受け取ったあの男は、間違いなく自分の都合のいいように曲解し、妄想の翼を広げ、お店のココアを私の本命チョコと思い込んだはずです。  想像するだけでウザイ思考回路です。ショートすればいいと思います。  ――カラン―― 「フーーーーッ!!」  また来客鈴が鳴り、私は威嚇します。 「な、なんだよ、マスター」 「にゃー……ユカリちゃんでしたかー」  扉を開けて入ってきたのは、またしても従業員でした。  いつもなら、午前中に二人の勤務時間が重なることはありません。フリーターのユカリちゃんは午前と、たまに午後に出てもらっていますが、学生のアオちゃんは午後のみなのです。  お昼からフルメンバーだなんて、特別な日でもない限りめったにない顔ぶれです。  ではそんなシフト体制を、なぜ今日にあてたか、ですか?  それはもちろん、今日の美人マスターは厨房から出ないことを誓うからです! カウンターにもホールにも、今日は絶対に顔を出しません!  これで私は今日、最も会いたくない男と顔を合わせることはありません! 素晴らしい作戦です! 「というわけで、二人ともあとはよろしくですー」 「え、て、店長? 店長ーーー?」 「無駄だと思うけどな……」  慌てるアオちゃんと、なぜかため息をつくユカリちゃんをお店のホールに残し、私は厨房に引きこもります。  みなさまには申し訳ありませんが、今日だけ、美人マスターの尊顔を見るのは諦めてくださいませ。 ***  ――カラン―― 「いらっしゃ……お、よ、よぉ、赤井」 「あ、ああ、うん。元気……へ? こ、これ、俺に?」 「〜〜〜あ、ありがとう。義理でも嬉しい」 「あ、あなたはいつものお客様。ちょっとまってください、いま店長をお呼びしますね」 「え? いい? 呼ばなくて? 今日はもう帰る?」 「俺に、これを渡しに来ただけ……?」 「あ、ちょ、お客様ー?」 「赤井……?」 ***  ……みなさまこんばんは。営業時間が終わり、変な顔をしておうちに帰るアルバイト二人を見送った変身喫茶「ネコス」の美人マスターです。  もう私に触っても火傷しませんが野郎は帰れです。可愛い女の子のみのおさわりタイムスタートです。……三秒でサービス期間は終了しました。 「どういうことでしょう?」  例の男……ウザ客さんと、本当に一日、顔を合わせずに終わりました。  あの人は常連とはいえ別に毎日うちに通っているわけではないので、一日二日来ない日だって、そりゃまぁありますけど……。  今日という日は、何が何でも私に直接あって、おぞましくウザイ三倍返しを私に押し付けやがる……と思っていたのですが。 「なんだか、拍子抜けですねー」  そういえば、帰り際にチラリと見ましたが、ユカリちゃんがいつのまにかクッキーを手に入れていました。  「どうしたんですか、それは?」って聞きましたが、彼女は気まずさと嬉しさが混ざったような変な顔で苦笑いするだけで、何も答えてくれませんでした。 「ニャー」 「うん? ああ、いらっしゃいです黄吉」 「m9(^д^)ニャー」 「……はて?」  なぜだかいま、急にネコさんにバカにされたような気がしましたが。  とりあえず、ホワイトデーは私の望みどおり、拍子抜けするぐらい、平穏無事に過ごせましたです。  しかし……なんだかすっきりしませんねぇ。
ネコス38 〜3/15世界消費者権利デー  みなさまおはようございます。仕入れは業者に頼らず自分の目で見て入荷する喫茶店「ネコス」の美人マスターです。慧眼です。  しかし今日の仕入れはさっぱりです。いい食材がせり出されていたかと思いきや、タッチの差で奪われ、後回しにしていた調味料はいつの間にか他の誰かに買われていました。 「どうも調子が悪いですねぇー」  身体は万全ですが、どうにも商売に向ける気合が不足しがちです。  もしかして、美人マスターのみに罹る難病でも患ってしまったのでしょうか。  ひょっとすると政府の散布したウイルスによる、ネコスの営業妨害かもしれません。美人マスターは狙われています。 「そこの中二病患者さん? いいお薬ありますよ?」  人通りの少ない路地の地面に近い位置から、とっても無礼な台詞を放つ女性の声が聞こえてきました。  やっぱり私は今日は調子が悪いのでしょう。私のすぐ足元に、青いビニールシートを広げる女性がいたことに今始めて気がつきました。  というか、なんでこんなに接近するまでこの人の存在に気圧かなかったのでしょう。  薄暗くほこりっぽいこの裏路地に、とてもとても似つかわしくない衣装を身に着けた美人さんがいるというのに、です。 「うふっ、どおしたの? お姉さんに診察さ・れ・た・い?」 「……とりあえず、ナースは診察しないはずですけどねー」 「ヒヒッ、相変わらずノリが悪いなブラザー」  ナース服の美女は、急に口調を乱暴にして、白いストッキングに包まれたおみ足を交差しあぐらをかきました。  漫画やゲーム、それとエロビデオぐらいにしか存在しない、美しいストレートロングのミニスカナースとの出会いですが、あいにくと私はまったくうれしくありません。 「どこから調達したんですか、その人の皮」 「そいつは企業秘密って奴さ、ブラザー」  ニタニタ美人ナースが笑いながら、真っ白なミニタイトスカートを撫で始めます。  それはまるで、ポケットに手を突っ込む仕草のようにも見えました。 「……ああ、そうか。こいつの皮には入れてねぇんだっけな」  独り言を呟き、ナースさんは今度は両手を自分の腰にあてがい――――ずるりと、スカートをおろしました。  おろされたスカートの中から出てきたのは白いストッキングでもなく、純白のショーツでもなく。  黄色の引き締まった男の上半身の裸と、青いジーパンでした。 「フーンフフーンフーン♪」  ナースさんは妖艶な声で鼻歌を口ずさみ、自分の足を、脱いで、いきます。  やがて私の目の前には、上半身が白衣の天使、下半身が引き締まったお腹を見せる男性のジーパン姿というとてもとてもアンバランスな存在が出来上がっていました。 「ヒヒヒッ、これだぁ」  美人さんの顔が嬉しそうにゆがみ、細い腕がジーパンのポケットをまさぐります。  そうして取り出したのは、白地に赤いラインの入ったタバコケースでした。 「ナースの皮は不便だねぇ。娯楽品のひとつも身につけられやしねぇぜ」  いいながら、清楚な白衣の天使の唇が、たばこの煙を吐き出します。  まったく、仕入れ業者兼カワモノ職人のアイさんはどこまでもどこまでもアンバランスを追求するHENTAIですねー。 「中二病な妄言をぶつぶつ呟く元男より、マシだと思うぜぇ? ヒヒッ」 「誰が中二ですか。私、二十歳とちょっとの女ざかりですよ?」  でも中学生な美人マスターというのもソレはそれでありだと思います。  今度、青葉ちゃんに頼んで中学時代の制服でも貸してもらいましょうか。 「で? どうしたんだブラザー? 調子悪そうだな」 「別に…………いつもどおりですよ」 「ヒヒヒヒヒ」  アイさんはタバコをくわえながら、不気味な笑みを浮かべ続けています。  ほんの一瞬、言いよどんでしまったのを見逃さなかったのでしょう。  言いよどんだその一瞬、私は不調の原因かもしれない相手の顔を思い浮かべました。  ……そうですね。この人なら、ネコスの事情も詳しくは知らないでしょうし、ちょっと愚痴ってみるのもいいかもしれません。 「ところでこれはたとえばの話なのですが、顔を合わせたくない相手が実際に姿を消してしまったら、意外とショックを受けました。これはいったい、どういうことだと思います?」 「好きなんだろ? その人間が」 「面白い冗談ですねメリケン野郎」  私の周囲は恋愛脳ばかりです。 「冗談じゃねぇよ? 気にするってことは、そいつが本気で嫌いなわけじゃないんだろ? もちろん、オレもブラザーのこと好きだけどな。ヒヒヒ」 「……あー。そーゆーことですか」  どうやら欧米人感覚で好き嫌いという意味らしいです。ラブではなくライクということですか。 「ヒヒ、まぁその嫌いな相手と今度会ったら、ほんの少しだけでも優しくしてみろ。悩んでいたことがバカらしく思えてくるぜ?」 「そーゆーものでしょうか」 「ソーユーモンさ」 ***  みなさまこんにちは。開店準備の整った喫茶店ネコスの美人マスターです。昨日、私の顔を見逃したお客様は、じっくりと目の裏に焼き付けるといいです。  ――カラン―― 「マスター。久しぶりだね」 「……にゃ? 誰です?」 「ハハハ、この顔を見忘れたのかい?」 「残念ながら、人工物のカワモノを見破れないほどの節穴アイではないのですよ、Iさん。私、美人マスターですから」 「…………ヒヒヒ」 「ところで、野郎だけでしょうね、皮を作ったのは。青葉ちゃんとかユカリちゃんとかの皮を作っていたら、マスター許しませんよ?」 「ヒヒ。俺は約束は守る男だぜ? 長生きしたいしな」  あのウザイ客とは似ても似つかない笑みを浮かべ、仕入れ業者の皮モノ職人はお店を出て行きました。  ……ひやかしに来たんでしょうか。わけのわからない男性です。 「にゃー……」  ホワイトデー過ぎの十五日。  はたして一日遅れで、あのウザ客はご来店するのでしょうか。  きて欲しいようなきて欲しくないような、そんな気持ちでいっぱいになります。  マスター心は、とっても複雑です。
ネコス40 〜二万フィートの反対色  みなさまこんばんは。悲しいときには街の外れで電信柱の明かりを見ている喫茶店「ネコス」の美人マスターです。  涙浮かべて見上げていないので虹の欠片がきらきら光っていません。 「きやがりませんでしたねー」  来なかったとは、もちろん、私を口説く例の常連さんです。  うっかりバレンタインにチョコを渡してしまい、ホワイトデーにはとんでもないお返しがくるのではとハラハラしていました。  ですがまったくの杞憂で、白い日の当日どころか次の日すら、あの男は姿を見せませんでした。  はっきりいって、キャラがぶれています。どんなに私に冷たくされても、めげずに、相変わらずのウザイテンションでこの美人マスターを口説くというのが、あの男のキャラだったはずです。  もっとも、私はこれからもあの男に対してデレるつもりなんて欠片もありませんけど。  だって私はTS美人マスター。元男ですので、女の子が大好きなのです。猫さんの次ぐらいに好きです。 「けど、今日はネコさんもやってきません」  いったいどうしたというのでしょう。開店時間は終わり、いつものように勝手口に売れ残りのご飯を置いているのですが、ぜんぜん姿を現しません。悲しいです。 「にゃー……」  勝手口の前でひざを抱えて座ります。なんだかどっと疲れました。 ――バダダダダダダダダダダ… 「にゃ?」  上空から、無粋で機械的な羽ばたきが聞こえてきました。  ヒュンヒュンヒュンとアニメの空中描写でお馴染みのファンが回る音も聞こえます。  音を不審に思っていると、急に地面の一部分だけがピンポイントで明るくなりました。  まるで、上空からライトを照らしているみたいな光景です。円形の照明は左右に動きながら、ゆっくりと私に近づいてきます。 「スポットライトですか? 私、アイドルデビューですか!?」  そんな私の妄言は半分ぐらい当たっていたのでしょうか。ピンスポは私を照らし出すと、ピタリとその動きを止めました。  まぶしさに手をかざしながら、光源である上空に視線を向けます。 「( ゚д゚ )」  超低空飛行するヘリが一機、正面につけてあるサーチライトで、私を照らしていました。 ――バダダダダダダダダダダ…  っていうか、ヘリすっげぇうるさいです。お向かいの人たちが起きて文句を言ってこないのが不思議でしょうがありません。  あっけにとられていると、ヘリは縄はしごを下ろしました。降下作戦が始まったに違いありません。  ヘリからは屈強な黒服の男達がはしごを降り――ることはなく、逆光に照らされる細身の人物がゆっくり地面に近づいてくるだけでした。  やがて、地面に降り立ち、身なりのいい男が、私の目の前にやってきました。 「やぁ、遅くなってすまないね、マスター」 「(  ゚д゚ )」 「( ゚д゚ )」  上空待機するヘリからのライトを浴びて、いつも以上にキラキラ輝くうっとうしい男は。  ネコスの常連客にして私の天敵である、とってもウザイお客様でした。 「にゃーーーーー!!! 高い高い高いですぅーーーー!」  みなさまお空の上からこんばんは。くもじ…高度7000メートルの美人マスターです。実際にはその半分もないのでしょうが、高所恐怖症でなくてもこの光景は恐ろしすぎて正確な数値など割愛に決まっています。 「というか、なんで私は縄はしごで空中を振り回されているんですか!?」 「この景色をキミに捧げたかったのさ」 「せめてヘリの中から見せてくれませんかねぇ!? なんで命綱つきで夜景を眺めなきゃいけないんですか!?」 「ふっ、もちろん、ヘリのパイロットにキミの姿を目の当たりにさせたくないからさ。キミの美しさに惑い、ヘリの操縦を誤ってもらっては困るからね」 「ぜってぇ嘘です! こうすれば、私があなたの手を離さないと思ったのでしょう!? まんまとひっかかってやっています!」  今の私の状況を具体的に言いましょう。  ヘリ  |  |ウザ客・私  |  夜景夜景 夜景夜景  です。全然具体的じゃない? こっちもいっぱいいっぱいなのですよ! ようするに空中ダイハードです! 魔女宅です!  ヘリから垂れ下がる縄はしごに私とウザ客がしがみついている状態です! 夜景なんて楽しむ余裕ありません! 「さて、そろそろ時間だ。マスター。夜景から目を離さないで欲しい」 「下を見ていろと!? ドンだけ鬼畜ですかあなたは!」 「大丈夫。僕は何があってもこの手を離さない」 「うざいです! でも手を放したら呪い殺します!」  仕方がないので私は恐る恐る街の明かりを眼下に見据えます。 「うにゃ?」  するとなんということでしょう。街の明かりが、数箇所を覗きパっと暗くなりました。町中が、一斉に停電したようです。  というには、なぜか一部分だけ電気がついたままなのが不思議です。  …………うお。よく見れば、これは。 「気付いたかい?」 「ILOVEYOU…………」  空から、街を照らす明かりの部分だけ繋げてみました。  ILOVEYOUという文字が浮かび上がりました。よく、ビルの明かりで文字を描くという話は聞きますが……街規模でそれをやらかすなんていうのは、予想外すぎます。 「この景観を、マスターへ捧げる。準備に手間取り、ホワイトデーに遅れてしまったけどね」 「あ、あなたは……」  ヘリをチャーターし、パイロットも雇い、街の明かりまで操作したウザ客に、私は初めて、ポリシーに反する質問します。 「あなたはいったい、何者ですか!?」  他人の素性を詳しく聞かないことこそ、私の、ひいてはネコスのスタイルだったのに。  ついに、ついに聞いてしまいました。そのぐらい、この男の行動は私の常識外でした。 「ふっ……僕は赤井。君に恋をする、ギャンブル好きの個人商さ」  いいながら、きらきらと歯を輝かせ、男は私の耳元でさらに囁きます。 「愛しい人よ。君の、名前は?」 「わ、私は────」 ***  みなさまこんにちは。  涙拭くハンカチの色は何色でしょうとお空を眺めながらセンチメンタルに浸る「ネコス」の美人マスターです。  白い薔薇を束ねた形をした雲を探してもなかなか見つかりません。 「おい、きいているのか野良猫」 「すみませんが、セキナさんの顔で凄むのは止めて貰えませんか、オウカちゃん。怖いです」  お向かいのカフェ「オレンジ」の店主の身体をしたツンギレウエイトレスが、ぼんやりと窓を眺めるマスターを現実に引き戻します。 「野良猫の意見など知ったことか。それより、昨夜の騒音はなんだと聞いているんだ私は」 「なぜ私に聞きますか」 「お前が原因なんだろう? あの飼い主の顔を見ていればわかる」 「(・∀・)」  お店の隅では、ウザ客さんが胡散臭いほどの笑顔で私を眺めています。  普通、あんな大イベントを起こした次の日は顔を見せないのがセオリーだと思うのですが、そういったデリカシーはあの男はまったく持ち合わせていないらしいです。 「おかげでベッドから落ちてしまい、朝起きたらこのザマだ」 「さりげなく一緒のベッドで寝ている発言しないでくれますか。いちゃラブアピールですか」 「ふぁ……私達は婚約者なのだから、一緒に寝て何が悪い。それに」 「それに?」 「お前達ごときに、私は負けたくない」 「あははー、言っている意味がわかりません」 「覚悟しろ。私達はお前達よりもずっとずっと、今までよりも深く愛し合うのだ!」 「あははー、言っている意味がわかりません」  とりあえずこの目つきの悪い子は、自分達はラブラブだと言いたいらしいです。誰と張り合っているのか、皆目見当がつきませんけど。 「マスター。お会計を頼むよ」 「え、ああ、はいはい。830円です」  ウザ客さんは夏目さんを寄越し、私におつりを要求します。 「マスター」 「うにゃっ!?」  おつりを渡した直後、手を握られてしまいました。 「は、はなしやがれです、このウザ客ー!」 「君が、約束を守ってくれたら、名残惜しいけど今すぐ離すよ」 「う……」  昨夜、上空で私達は一つの約束を交わしました。  私の名前を、おいそれと呼ばないこと。  その代わり、私はウザ客さんにある言葉を投げかけること。 「ししし、心配しなくとも、帰る直前に小さな声でいってやりますです!」 「僕に聞こえるように、大きな声で言って欲しい」 「にゃ〜……」  約束は、約束です。  私は、カウンター席で物凄い目つきで睨むオウカちゃんに怯えつつ、例の言葉を口に出します。 「あ……かい、さん」 「うん?」 「ありがとうございました。またお越しください」  営業スマイルを全力で無理矢理振り絞り、私は、私の天敵へ再来店を願います。  約束の言葉に赤野郎は満足したのか、私の手を離すと、ご機嫌そうにお店を出て行きました。 「うにゃ〜。どっと疲れました」 「なぜ飲食店で当たり前の台詞を恥ずかしがっているんだ、お前は」 「ほっといてくださいー」  私にとって激動の日々でも、他の人にとってはなんでもないようなことであり。  ネコスは今日も、ゆっくりと時間が流れていきます。
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